sugarでは、今流行りのダンスホールが流れていた。
低音が床を揺らし、グラスの氷がかすかに鳴る。

「最近、唯と晃哉さん、いい感じなの?」

大輔が、ふいに唯へ声をかける。
唯は一瞬だけ間を置いてから、笑顔で答えた。

「いや、違うよ。仲はいいけど」

「そうなんだ。てっきり付き合ってるのかと思ってたわ」

「んなわけないじゃん。歳も違うし、そういうんじゃないよ」

「あー、よかったぁ。唯狙いの男共が泣いちゃうとこだった(笑)」

「なにそれ」

笑って返した唯に、大輔は少し言葉を選ぶように続けた。

「まぁ、確かに。晃哉さんも、そうなれるわけないか……」

「えっ?」

その瞬間、仲間たちが大輔を呼び、会話は唐突に終わった。

——そうなれるわけない。

意味を考えたけれど、どうしてもわからなかった。

澄香にさっきの会話を伝えると、彼女も首をかしげたまま、二人で大輔のもとへ向かった。

「だってさ、晃哉さん、結婚してるよ? 確か」

……一瞬、時間が止まった。

音が遠くなって、モヤがかかったみたいに、うまく聞こえない。
澄香も慌てて声を上げる。

「え?! そうなの? うそでしょ?」

「俺もよく知らないけどさ。来たばっかの時、そんな話を聞いた気がして」

「……そーなんだぁ。こうちゃんも言ってくれればいいのに」

「なに?! やっぱ付き合ってんの?!」

「違うよ。ただ……仲いいからさ。なんで言ってくれなかったのかなって思っただけ」

口からは言葉が自然に出てくるのに、心は何も感じていなかった。

大輔がDJブースへ向かうと、澄香がそっと寄り添う。

「唯、大輔の勘違いだよ。あいつ適当だし。ちゃんとこうちゃんに聞かなきゃ。まだ何もはっきりしてないんだから」

「……うん。大丈夫だよ。私たち、仲良しな友達だってば」

その空元気が、澄香の胸を打った。

ふと、澄香が入口の方を見る。

「……あ」

振り向くと、晃哉が立っていた。

「聞いてくる?」

心配そうに囁かれる。

「ううん、今は楽しも。大丈夫だってば。今度、買い物付き合うし。その時に聞くから」

ショットグラスが配られ、唯は一気に流し込んだ。
澄香は、そんな唯を不安そうに見つめていた。

考えたくなくて、随分とお酒を飲んだ。

トイレから出ると、晃哉が腕を組んで壁にもたれていた。

「唯、飲みすぎ」

差し出された水のグラス。

「ありがとう、こうちゃん。でも全然大丈夫だよー」

「全然大丈夫じゃないでしょ。明日起きれる?(笑)」

「起こしてー」

甘える唯に、晃哉は少し呆れたように笑う。

「よし、帰るよ」

まるで子供みたいに扱われるのが、なぜか心地よかった。

晃哉の車に乗ると、唯の好きな曲ばかりを集めたミックステープが流れ出す。

「ダンスホールは踊れるけどぉ、酔いが回るよ(笑)」

酔って笑う唯を、晃哉は穏やかに見ていた。

「ねぇ、こうちゃん。さっきね、隣町でラップやってるって人に話しかけられたんだけど、有名な人?」

「あぁ、カズくんでしょ。CDも出してるよ」

「へぇ! すごいね。でも唯、この音楽の方が好きだなぁ」

晃哉の家の近くのコンビニで車を停める。

「唯、なにかいる?」

「んー……こうちゃーん(笑)」

「はいはい。適当に買ってくるから待ってて」

「唯、ついたよ」

一度泊まったあの日から、イベントの後は晃哉の家に寄るのが当たり前になっていた。

ふらつく唯に、晃哉が手を差し出す。

「ほら」

手を繋がれる。

「わーい、こうちゃんと仲良しだね」

無邪気に笑う唯に、

「はいはい、酔っ払い」

と晃哉は茶化した。

ソファに腰を下ろし、煙草に火をつける。

「最近、これ、風邪引いた時とか喉にひっかかるんだよね」

「マルメンライト?」

「うん。ちょっと風邪気味でさ」

少し距離を取りながら、

「移さないでよ(笑)」

と言う。

「唯、これ吸ってみな?」

「セブンスターのメンソールライト?」

「うん。交換。こっちの方が吸いやすいよ」

一本火をつける。

「……本当だ! 私、これにしよ。」

はしゃぐ唯に、

「おそろいだね」と晃哉は笑った。

「……これで、どっちかが煙草なくなっても大丈夫だね」

ねぇ、こうちゃん。

あの時私は、
「おそろい」ができたことが、ただ嬉しくて仕方なかった。

こうちゃんと、私のおそろい。
あの時それだけで、胸がいっぱいだった。

そんな子供みたいな私を
こうちゃんは、笑うかな。

こうちゃんにあの日もらった煙草、
ずっと大事に持ってたんだよ。

賞味期限が切れた煙草なんて、初めて見た。

ねぇ、こうちゃん。

そんな私を、こうちゃんは笑うかな。

「唯、バカでしょ」

そう言って頭を撫でて、
クシャッとした、あの笑顔で。
お願い、繋いだ手の温もりを無くさないで…