「本当に無理…」
唯はハンドルを握ったまま、ぽつりと零した。
胸の奥がぎゅっと縮むように痛い。
両親はいつだって決めつけから入る。
三つ上の兄と比べられるたび、自分の価値が薄れていく気がして、呼吸さえ苦しくなる。
逃げるように車を走らせた。
たどり着いたのは、いつもの“秘密の場所”。
工場のオレンジ色のライトが煙を照らし、海辺には静かなざわめきだけが広がっている。
ここに来れば、どうしようもない苦しみも海の暗さが吸い込んでくれる気がする。
晃哉からのメッセージにはまだ返せていない。
落ち込んだ自分を見られたくなくて、スマホを伏せたまま煙草に火をつけた。
そのとき、着信。
画面に「晃哉」の文字。
一瞬だけ迷って、唯は通話ボタンを押した。
できるだけいつもの自分でいようと、声を整える。
「もしもーし」
受話口の向こうから、煙草に火をつける音が聞こえた。
「唯? なにしてたの?」
いつもの落ち着いた声。
唯は強がるように答えた。
「えっとね、今、車にいたよ」
「…海の音するよ? 青春してたの?」
「え、あ…うん。そうかも」
少し笑ってみせる。心配させまいとして。
けれど晃哉は、その笑いの裏をすぐに見抜いた。
「……今から行くから」
その静かな一言で、涙が一気に込み上げた。
「あ、あのさ、全然大丈夫だよ。ちょっと嫌なだけで…ちょっと青春しちゃってただけ」
必死に取り繕っても、晃哉の声は変わらない。
「うん。今どこ?」
その落ち着いた声音に、唯の心はもう限界だった。
場所を伝えると、そこは偶然にも晃哉の会社関係の工場だった。
また、すごい偶然。
そんなことを思う間もなく、10分ほどで晃哉が現れた。
助手席のドアが開き、晃哉が唯の顔を覗き込む。
いつもの唯。
でも、笑顔だけが明らかに違っていた。
「落ち着いた?」
そっと頭に触れられた瞬間、唯の瞳から涙が溢れた。
ぽたぽたと止まらなくなる。
「ごめ…ん。大丈夫、全然大丈夫。面倒臭いよね、私…ごめんね」
言葉はうまく出てこない。
けれど晃哉は、何も責めず、撫でる手を止めずに言った。
「大丈夫。大丈夫だよ」
その優しさに体の力が抜け、唯は晃哉の胸にそっともたれかかった。
彼は無理に理由を聞き出すことなく、ただ隣にいてくれた。
「唯、俺んち来な。温かい飲み物飲んで、落ち着こ?」
唯は小さく頷き、二人は晃哉の家へ向かった。
⸻
家に着くと、晃哉は静かにマグカップを差し出した。
「ホットミルク。落ち着くよ」
「赤ちゃんみたいじゃん、私」
そう冗談が言えるほどには、唯も少し回復していた。
それでも晃哉は何も聞かない。
“無理に話さなくていい”という優しさが、そっと部屋に満ちていた。
「誰にだって、言いたくないことってあるだろ。唯が辛いときに俺を頼ってくれたの、嬉しかったよ」
そう言ってから、晃哉はDJ機材を触りはじめた。
唯が好きそうな曲を選んで、時折ちらりとこちらを見て微笑みながら。
「これ、なまらいい曲だよな」
その言葉に、唯は胸がじんわりと温かくなるのを感じた。
「唯、今度さ、隣町の買い物付き合って。ちょっと欲しいもんあって」
「うん、行く!」
唯は無邪気に笑った。
⸻
――ねぇ、こうちゃん。
どうしてあの時来てくれたの?
恋なのかも分からない私を、理由も説明できない私を、面倒だなんて思わなかったの?
“誰にだって言いたくないことはある”
あなたのその言葉が、今も胸の奥に残っている。
きっと、こうちゃんにも私に言えなかったことがあったんだよね。
ねぇ、こうちゃん。
あなたはずるい。
私の中に「こうちゃん」を刻みつけて、居なくなった。
……ただの遊びだったの?
お願いだから、離れないで。
あなたがいないと、もううまく息ができない。
ねぇ、こうちゃん。
たとえ嘘でも、そばにいてほしかったんだよ。
唯はハンドルを握ったまま、ぽつりと零した。
胸の奥がぎゅっと縮むように痛い。
両親はいつだって決めつけから入る。
三つ上の兄と比べられるたび、自分の価値が薄れていく気がして、呼吸さえ苦しくなる。
逃げるように車を走らせた。
たどり着いたのは、いつもの“秘密の場所”。
工場のオレンジ色のライトが煙を照らし、海辺には静かなざわめきだけが広がっている。
ここに来れば、どうしようもない苦しみも海の暗さが吸い込んでくれる気がする。
晃哉からのメッセージにはまだ返せていない。
落ち込んだ自分を見られたくなくて、スマホを伏せたまま煙草に火をつけた。
そのとき、着信。
画面に「晃哉」の文字。
一瞬だけ迷って、唯は通話ボタンを押した。
できるだけいつもの自分でいようと、声を整える。
「もしもーし」
受話口の向こうから、煙草に火をつける音が聞こえた。
「唯? なにしてたの?」
いつもの落ち着いた声。
唯は強がるように答えた。
「えっとね、今、車にいたよ」
「…海の音するよ? 青春してたの?」
「え、あ…うん。そうかも」
少し笑ってみせる。心配させまいとして。
けれど晃哉は、その笑いの裏をすぐに見抜いた。
「……今から行くから」
その静かな一言で、涙が一気に込み上げた。
「あ、あのさ、全然大丈夫だよ。ちょっと嫌なだけで…ちょっと青春しちゃってただけ」
必死に取り繕っても、晃哉の声は変わらない。
「うん。今どこ?」
その落ち着いた声音に、唯の心はもう限界だった。
場所を伝えると、そこは偶然にも晃哉の会社関係の工場だった。
また、すごい偶然。
そんなことを思う間もなく、10分ほどで晃哉が現れた。
助手席のドアが開き、晃哉が唯の顔を覗き込む。
いつもの唯。
でも、笑顔だけが明らかに違っていた。
「落ち着いた?」
そっと頭に触れられた瞬間、唯の瞳から涙が溢れた。
ぽたぽたと止まらなくなる。
「ごめ…ん。大丈夫、全然大丈夫。面倒臭いよね、私…ごめんね」
言葉はうまく出てこない。
けれど晃哉は、何も責めず、撫でる手を止めずに言った。
「大丈夫。大丈夫だよ」
その優しさに体の力が抜け、唯は晃哉の胸にそっともたれかかった。
彼は無理に理由を聞き出すことなく、ただ隣にいてくれた。
「唯、俺んち来な。温かい飲み物飲んで、落ち着こ?」
唯は小さく頷き、二人は晃哉の家へ向かった。
⸻
家に着くと、晃哉は静かにマグカップを差し出した。
「ホットミルク。落ち着くよ」
「赤ちゃんみたいじゃん、私」
そう冗談が言えるほどには、唯も少し回復していた。
それでも晃哉は何も聞かない。
“無理に話さなくていい”という優しさが、そっと部屋に満ちていた。
「誰にだって、言いたくないことってあるだろ。唯が辛いときに俺を頼ってくれたの、嬉しかったよ」
そう言ってから、晃哉はDJ機材を触りはじめた。
唯が好きそうな曲を選んで、時折ちらりとこちらを見て微笑みながら。
「これ、なまらいい曲だよな」
その言葉に、唯は胸がじんわりと温かくなるのを感じた。
「唯、今度さ、隣町の買い物付き合って。ちょっと欲しいもんあって」
「うん、行く!」
唯は無邪気に笑った。
⸻
――ねぇ、こうちゃん。
どうしてあの時来てくれたの?
恋なのかも分からない私を、理由も説明できない私を、面倒だなんて思わなかったの?
“誰にだって言いたくないことはある”
あなたのその言葉が、今も胸の奥に残っている。
きっと、こうちゃんにも私に言えなかったことがあったんだよね。
ねぇ、こうちゃん。
あなたはずるい。
私の中に「こうちゃん」を刻みつけて、居なくなった。
……ただの遊びだったの?
お願いだから、離れないで。
あなたがいないと、もううまく息ができない。
ねぇ、こうちゃん。
たとえ嘘でも、そばにいてほしかったんだよ。

