晃哉との距離が近づいていくたび、
「好きだ」と自覚するたび、
幸せが増えていくたびに――

唯の心には、静かにもやもやが広がっていった。

大輔が言っていたあの言葉。

思い出すたびに、真実は何なのか、晃哉のどこまでを信じていいのか、わからなくなっていた。

外は激しい雨だった。

sugarでは音が鳴り続け、仲間たちの笑い声が飛び交う。
唯も輪の中にいたはずなのに、どこか上の空だった。

晃哉は「今日は残業」と言っていた。

――会いたい。

気づけば唯は、携帯を開いてメールを打っていた。

『こうちゃん、会いたい。』

しばらくして返信が届く。

『0時頃には帰れそうだよ。sugar終わる頃、連絡待ってるね。』

大丈夫。
きっと大丈夫。
何かの間違い。

唯は何度もそう言い聞かせた。

澄香と別れたあと、唯は雨の中を晃哉の社宅へ向かった。

『さっき家着いたよ。鍵開いてるから、そのまま入ってきて大丈夫。』

濡れた階段を上がり、玄関のドアを開ける。

すると部屋の奥から晃哉の声が聞こえた。

「じゃあ、またね。ゆっくり休んで。」

木の扉を開けると、晃哉はちょうど電話を切ったところだった。

そして、不安そうな顔をした唯を見る。

「……地元の友達。」

どこか言い訳みたいに聞こえたその言葉に、唯は小さく頷いた。

「そっか。今日ね、sugarで大輔が回しててさ。久しぶりに大輔のDJ聴いたんだぁ。」

「大輔元気だった? 唯、飲みすぎてない? 大丈夫?」

心配そうに見つめてくる晃哉に、唯は胸が苦しくなる。

そして、気づけば口にしていた。

「……こうちゃんって、結婚してたの?」

声が震えていた。

「えっと……大輔から前に聞いちゃって。
いや、私たち仲良しなのに、なんで言ってくれなかったのかなぁって……」

違う。
聞きたかったのは、そんなことじゃない。

「……わかんないよ。私、こうちゃんが結婚してるなら、もうこうやって会っちゃダメなのかなって……。ダメだよね……」

涙が溢れて、視界が滲む。

「こうちゃんのこと、すごい大好きだし、会いたい。
でも、私もう会っちゃダメ……嫌だよ……」

言葉がうまくまとまらない。

「ねぇ、こうちゃん。友達として仲良くいるのもダメかな……」

ぽろぽろと涙が落ちる。

晃哉が今どんな顔をしているのか、もう見えなかった。

すると突然、

「……っ、ぷっ、あはは。」

晃哉が吹き出した。

「唯、俺してないよ。」

「……え?」

「こっち来たばっかの頃、合コンだなんだって誘いすごかったからさ。そういうふうに言ったことあったかも。」

困ったように笑ってから、晃哉は優しく続ける。

「ずっと悩んでたの? ごめんな。」

そして、まっすぐ唯を見た。

「俺も、唯のこと特別だし。好きだよ。」

「……うそ。してないの?」

「してたら、俺こっちに連れてきてるよ。」

その言葉に、唯の張り詰めていた心が少しずつほどけていく。

「そりゃ、地元のこととか仕事のこととか、唯に言えないこともあるけど……不安にさせてごめんな。ちゃんと決まったら、唯にも伝えていくから。」

そう言って、晃哉はそっと唯を抱きしめた。

あたたかかった。

「……こうちゃん本人が言うこと信じる。
じゃあ、私、今まで通りこうちゃんと会っていいの?」

「もちろんでしょ。」

その一言で、唯の顔にぱっと笑顔が戻る。

「不安にさせてごめんな。……唯、俺と付き合おう。」

「え、大親友じゃなくて?」

泣き笑いみたいな顔で言う唯に、晃哉もいたずらっぽく笑った。

「唯さっき、“大好き”って言ってたじゃん。」

「もー! 恥ずかしいからやめてよ!」

唯は顔を真っ赤にして晃哉の腕を軽く叩く。

「私たち、大親友! 笑」

「はいはい。大親友ね。」

晃哉は優しく笑った。

「恋人より、ずっと切れない縁だな。」

疑いが晴れて、唯は涙を拭いながら晃哉を見つめる。

そんな唯の頭を、晃哉は静かに撫でた。

「唯。何かあったら、ちゃんとこうやって伝えてな?」

外では、まだ雨が降り続いていた。

雨音だけが、やけに大きく響く夜だった。

――ねぇ、こうちゃん。

あの頃の私は、とても幸せだったんだよ。

バカみたいに、素直に信じてた。

半分は本当で、半分は嘘。

きっと、いろんな事情があった。
きっと、失いたくなかった。

こうちゃんは、いつもそう。

本当に大事なことほど、あとからわかる。

“大親友”。

ふざけながら交わした、あの言葉。

当時の私には、こうちゃんの嘘がわからなかった。

どうしてあの時、全部話してくれなかったの?

私が子供だったから?
頼りなかったから?
それとも――失うのが怖かったから?

今なら少しだけわかる。

あの夜、苦しかったのは、きっと私だけじゃなかった。

雨の音に隠すみたいに、
こうちゃんもきっと、何かを抱えたまま笑っていた。