2週間くらい過ぎた頃、晃哉の仕事はようやく少しだけ落ち着きを取り戻した。

「唯、今日休み? どっか行く?」

久しぶりにゆっくり会えた昼下がり。
晃哉がそう言った。

「行く! ……え、どこ?」

「隣町。機材見に行きたいんだよね」

「DJの?」

「そう。新しいの欲しくて」

唯は嬉しそうに頷いた。

こうして“普通のデート”みたいな時間を過ごせることが、
あの頃の唯には何より特別だった。



隣町までの道のりは、窓を開けると夏の風が気持ちよかった。

助手席で流れるHIPHOPに合わせて唯が適当に歌うと、晃哉は笑いながらハンドルを叩いてリズムを刻む。

「唯さ、ほんと音楽好きだよね」

「こうちゃんの影響だもん」

「俺?」

「うん。音楽は元々好きだけど、こうちゃんと出会ってから、音楽の聴こえ方変わったんだぁ」

信号待ち。

晃哉は少しだけ目を細めて、照れたみたいに笑った。

「……それ、なんか嬉しいな」

その一言だけで、唯は胸がいっぱいになった。

店につくと、レコードを見たり機材を見たりして、二人で静かに会話をしながら笑い合う。

特別なことなんて何もない。
それなのに、その時間は不思議なくらい幸せだった。



帰り道だった。

突然、遠くの夜空に花火が咲いた。

「……あ!」

唯が窓の外を指差す。

晃哉は「あー、今日花火大会か」と呟いて、ゆっくり車を路肩に停めた。

川沿いの暗い道。

夜風が静かに吹いている。

二人は並んで、花火を見上げた。

赤。
青。
金色。

一瞬だけ咲いて、消えていく光。

「きれい……」

唯が呟くと、晃哉は花火ではなく、唯の横顔を見ていた。

「……うん」

その声があまりにも優しくて、唯は少しだけ泣きそうになった。

気づけば、二人の手は自然に重なっていた。

ねぇ、こうちゃん。

あの時の花火、あなたは覚えてるかな?

手を繋ぎながら花火の下であなたと見つめあったこと。
あなたの体温。
あんなに幸せな夜を、私は今でも覚えてる。



そのまま晃哉は夜勤だったから、その日はそのまま別れた。

3日後。

いつものように仕事が終わった晃哉の部屋のソファで、DJを聞きながら一緒に過ごしていた。

「唯、この曲好きでしょ?」

「あ、間違った」

晃哉は唯に話しかけながら、静かに音を繋いでいく。

晃哉の指先が動くたび、部屋の空気まで変わっていくみたいだった。

唯は、ただ夢中で見つめていた。

好きな人が、好きなものに触れている姿は、どうしてこんなにも綺麗なんだろうと思った。

曲が終わりに近づく。

ラスト2曲は、唯が大好きな曲を繋いだ選曲だった。

すると晃哉は、機材から1枚のCDを取り出して唯に差し出した。

「……え?」

「唯にあげる」

ケースを開く。

そこには、晃哉の名前が書かれていた。

「これ……」

「今の録音してたんだ」

あまりにも自然に言うから、唯は一瞬、言葉を失った。

「こうちゃん、これ……いまの? ……え……すっごい嬉しい」

「なんも。前から録音する機材欲しくてさ。これがこの機材で作った最初のCD。唯にあげたかったんだ」

胸の奥が熱くなる。

嬉しい、なんて言葉じゃ足りなかった。

自分の“好き”を覚えていてくれたこと。
形にしてくれたこと。

その全部が、愛されている気がした。

CDを大事そうに抱きしめる唯を見て、晃哉は少し照れたように笑っていた。

あの部屋には、音楽が溢れていた。
煙草の匂いと、機材の熱と、夜の静けさ。

そしてその真ん中には、確かに二人の時間があった。

ねぇ、こうちゃん。

あのCD、聴けなくなるのが嫌で他のCDに焼いて、何度も何度も聴いたんだ。

だからね。
こうちゃんの名前が入った本体は、20年以上経った今もまだ綺麗に残ってるんだよ……

あなたが繋いだ音を聴くたび、交わした会話まで鮮明に思い出せた。

ちゃんと愛されてた気がしていたんだ。

目の前で作ってくれたCDは、音楽だけじゃなく、会話やその時の記憶まで、聴く度に一緒に残ってた。

ズルいよ、こうちゃん。

こんなCDを何枚も残していくなんて。

でも、今も捨てられずに残ってるんだよ。