「……翔真さん!?」
 慌てて解錠して、ドアを開く。
 そこには先ほど思い浮かべていた通りの顔があった。
 長めの前髪から覗く切れ長の目、すんなり通った鼻筋、その下の薄い唇は笑みをたたえている。
 まぎれもなく愛しい恋人の姿だ。
「こらえきれず、来てしまった。俺はせっかちだからな」
「翔真さん……」
 私は彼に突進して抱きついた。
 こんなにうれしいサプライズがあるだろうか。
 私を抱きとめた翔真さんは頬に口づけ、額に口づけ、最後に唇に口づけた。
 彼の体温、彼の匂いに包まれて、喜びに舞い上がる。
「ハチ公のように待つんじゃなかったんですか?」
 少し落ち着いた私は彼の腕の中で、くすくす笑った。
 肩をすくめた翔真さんは、いたずらな笑みを浮かべる。
「やっぱり無理だった。柴崎くんと一緒だというのもハラハラするしな」
「柴崎とはただの同僚としてしか接してませんよ」
 断って以来、彼はもとの態度に戻った。というか、刺々しさのないほかの人と同じ対応をしてくれている。彼が大人でよかったと思う。
「わかってる。でも、嫉妬してしまうんだ。それに寝る前、君に『おやすみ』を言いたかった。だから、国際コンペでここの仕事を勝ち取ってきたんだ」
「ここの?」
 翔真さんはさらりと言ったけれど、話が急展開すぎて、私は首をかしげる。
「そうだ。少なくとも一年はバルセロナにいるよ」
「うそでしょう?」
 私は目を丸くした。
 てっきり彼は旅行で来たものと思っていた。
 できる翔真さんはバルセロナで仕事を見つけてきたのだ。
「その関係で忙しくしてて、悪かったな」
「ううん、最高です!」
 改めて彼に抱きつき、その胸に頬を摺り寄せる。
 うれしくて、うれしくて。
 すると、翔真さんはポケットからなにか取り出した。
「優那、またせっかちだと言われそうだが、俺と結婚してくれ」
 差し出されたのは、キラリと輝く指輪だった。
 驚きのあまり、息がとまる。
 翔真さんは苦笑しながら続けた。
「本当はあの事故の直前に言おうとしてたんだが、遅くなってしまった」
(あのときに?)
 私は翔真さんと指輪を交互に見た。
 こんなうれしいことが次々と起こっていいのだろうかと怖くなる。
 胸が詰まって声が出てこない。
 黙って彼を見つめる私を勘違いしたのか、翔真さんが眉を下げて言いかけた。
「いきなりすぎたな。返事はあとで――」
「イエスです! 返事はイエスしか受け付けないんでしょう?」
 彼の言葉をさえぎり、泣き笑いの顔で私が言うと、翔真さんが破顔した。
「その通りだ」
 熱いキスが降ってくる。
 こうして私は憧れの地で、夢も最高の恋人も手に入れたのだった。


 ―Fin―