その日、翔真さんと私は一日デートをする予定にしていた。
 旅立つ準備はすべて終わっている。
 これからしばらく会えなくなるのだから、少しでも長く一緒にいたかった。
 初めて二人で出かけた洋館にも行ってみた。
 あのときは春でまだ肌寒いときもあったが、今は強い日差しが降り注ぐ真夏だった。
 そんな中でも手を繋ぎ、二人の時間を惜しんでいた。
「なぁ、優那、またせっかちだと言われそうだが……」
 翔真さんはなにか言いかけた次の瞬間――
「危ないっ!」
 ドンッと突き飛ばされた。
 地面に転がった私は驚いて振り返った。
 そこには歩道に乗り上げた乗用車とその前に倒れた翔真さんが見えた。
 彼の周りに赤いものが見えたと思ったら、どんどん広がっていく。
「……翔真、さん?」
 人が駆け寄ってきて、救急車を呼べとか警察だとか騒いでいる声が聞こえるけれど、私は状況を理解したくなくて放心していた。
 擦りむいた手のひらや膝がジンジンする。
 腰が抜けたようで立てないから、這いずるように翔真さんに近寄った。
「翔真さん? 翔真さんっ!」
 呼びかけるけれど、彼は目を閉じたままで開けてくれない。
 彼の周りの赤いものは鮮血だった。
「いやっ、翔真さん!」
 すぐに救急車が来て、翔真さんを運び込んだ。
 私は恋人なんですと叫んで、一緒に乗せてもらった。
 救急隊員の方たちが彼の処置をするのを現実感なく眺める。
 私の手脚の擦り傷も処置しようとしてくれたけれど、首を振って断り、それより翔真さんをお願いしますと頼んだ。
 相手はいたわしいという目で私を見て、うなずいた。
 病院に運ばれた翔真さんはすぐに手術室に運ばれた。
 私は待合室のソファーにうなだれて座っていることしかできなかった。
「ご家族の方ですか?」
 看護師さんに聞かれ、首を横に振る。
「翔真さんは大丈夫ですか? 私の大事な人なんです!」
「今、先生が処置していますから。ご家族の連絡先は知りませんか?」
 そう聞かれて、美奈子さんに連絡しなければいけないことに気づく。
「妹さんの連絡先を知ってるので、電話してみます」
「お願いします」
 私が連絡すると美奈子さんは飛んできた。彼のご両親は遠方に住んでいるので、すぐには来られないはずだ。
 そのころになってようやく状況がわかってきた。警察によると、アクセルとブレーキを踏み間違えた事故らしい。
 翔真さんが助けてくれなかったら、私が跳ねられていた。彼は身を挺して私をかばってくれたのだ。
「ごめんなさい……」
「どうして謝るの? 優那さんはなにも悪くないじゃない。お兄ちゃんはきっと大丈夫よ。しぶといから。それに優那さんを残していくはずないもの」
 彼女の優しい言葉に涙があふれる。
 私たちは手を取り合って、手術が終わるのを待った。
 手術が終わり、蒼白な顔で、点滴などの管がいっぱいつけられた翔真さんが移動式ベッドで運ばれていった。集中治療室に入るそうだ。
 ついていこうとしたら、医者に引き止められた。
 お医者さんの説明では処置は無事完了して、あとは本人の体力次第だと言われた。
 問題はないということだったけど、心配でふるえる。