――私は守谷さんが好き。
 そう自覚してから、彼の声が聴きたくてたまらなくなった。
(私から電話してもいいかな?)
 いつも守谷さんからの電話だった。
 でも、今度は私から踏み出さないといけない気がした。もう遅いかもしれないけど。
 意を決してスマホを取り上げたとき、いきなり着信音がして、驚いて落としそうになった。
 相手は今頭の中で思い描いていた人だった。
「もしもし、守谷さん!?」
 気が急いて、いきおいよく応答してしまった。
『……あぁ。大橋さんの声だ』
 聞こえてきたのはいつもの艶やかな声ではなく、ガラガラにしわがれた声だった。
 ゴホゴホと咳き込む音も聞こえる。
「風邪ですか? 大丈夫ですか?」
『うん……ゴホッ……悪いな、聞き苦しくて』
「いいえ、それは大丈夫ですけど、しゃべっててつらくないですか?」
『そうなんだが、どうしても君の声が聞きたくなってな』
 もう見切りを付けられてしまったかもしれないと半ば覚悟していたのに、彼の気持ちは変わっていないと知って、喜びが込み上げる。
「もしかしてずっと寝込んでたんですか?」
『いや。現場でトラブルが続いて、徹夜続きだったんだ。ようやくそれが終わったと思ったら、免疫が弱っていたのか……ゴホゴホッ……ひどい風邪を引いてぶっ倒れてた』
 そんな大変な状況だったのに、駆け引きかもしれないと、私はまた勝手に誤解して、憤っていた。
 恥ずかしいやら申し訳ないやらで、居ても立っても居られなくなる。
「守谷さん、もし迷惑じゃなかったら、看病に行っていいですか?」
『っ……!?』
 守谷さんの息を呑む音が聞こえたあと、彼は黙り込んでしまった。
(迷惑なんだ……)
 なんとなく受け入れてくれるものと思っていた私はショックを受ける。
 先ほどの言葉を撤回しようと口を開いたとき、葛藤する声が聞こえた。
『……来てほしいのはやまやまだが、ゴホッ、こんな情けない姿を片想い相手に見せるのはどうなんだ? うつしたら悪いし部屋も片づいてないし……』
「病気なんだから、そんなの気にしないでください。それに私は丈夫なのでうつらないと思います。ちゃんとマスクもしますし」
『うぅ~、もしよかったら、来て……くれるか?』
 まだ悩んでいる様子を見せながら、守谷さんは言う。
 私は勢い込んで返事した。
「はい、行きます!」
 ぎりぎり電車が動いている時間だ。
 家の場所を聞くと、事務所の二階だというから、ここから三十分ほどで行ける。
 ドラックストアは閉まっているはずだと思って、私は常備している風邪薬や氷枕などを手早く用意した。
 お風呂に入ったあとですっぴんだったけど、時間がないから着替えたらすぐ家を出る。
 コンビニでスポーツドリンクやお粥のパックを買って、守谷さんのもとへ急いだ。