どれくらい経っただろうか。
「ケーキを買ってあるんだが、一息入れないか?」
 守谷さんに話しかけられて、我に返った。
 時計を見たら、二時間近く経っていて驚く。体感では一瞬だった。
 他人の事務所で会話もなく、貪るように本を読むとはなんて厚かましいのだと反省する。
「すみません、私――」
「いや、集中してる顔もかわいかった」
「かわっ……!」
 そんなところまで肯定されて、みるみる顔が熱くなる。
 ふっと笑った守谷さんは冷蔵庫からケーキを出して、おかわりのコーヒーと一緒に出してくれた。
 鮮やかなイチゴが載ったショートケーキはスポンジが溶けるようで、とてもおいしい。
 口もとをゆるめた私に、守谷さんが微笑みかける。
「気に入ったようでよかった」
「すごくおいしいです! これはどこのものなんですか?」
 守谷さんが口にしたのは少し離れたところの有名店だった。
 わざわざ買ってきてくれたみたいだ。
 そんな気遣いがくすぐったく感じる。でも、その気持ちに応えることはできない。
 私は話題を変えるように言った。
「この本、本当にすばらしくて引き込まれました。読ませていただいて、ありがとうございます」
「そんなに喜んでもらえて、俺もうれしいよ。まだ読んでていいよ」
「いいんですか? お邪魔じゃないですか?」
 続きが読めるのはうれしいけれど、仕事をしていたらしい守谷さんの気が散らないか心配だった。
 でも、守谷さんは破顔して言う。
「とんでもない。むしろ君がそばにいる状態で仕事できるなんて最高だ。来週からやっかいな現場に詰めないといけないから準備が憂鬱だったが、おかげではかどるよ」
「そう、ならいいのですが……」
 好意を全面に出されて、私はたじろいだ。
 こういうことは慣れてなくて、どこまで本気なんだろうと思ってしまう。
 守谷さんみたいにハイスペックで素敵な人がどうしてここまで私にかまうのか不思議だった。