「おい、ちょっと待て。俺が口説いてる最中だって言っただろう?」
 そこに守谷さんまで参戦してくる。
 柴崎は肩をすくめて反論した。
「でも、好きになったのは俺が先です」
「口説き始めたのは俺が先だろ?」
「だから、今から口説こうとしてるんです」
 守谷さんと柴崎は私を置いてきぼりにして、言い合いをしている。
(二人ともここが研修室だって忘れてない?)
 だいたい私はスペイン建築への夢が実現するというので頭がいっぱいだ。
 そこに恋愛の入る余地はない。
 心を乱すのはやめてほしい。
 だんだん腹が腹が立ってきて、私は叫んだ。
「私は誰とも付き合うつもりはありません!」
「なんで!」
「なぜだ?」
 ハッと振り向いた二人は口々に聞いてきた。
「私は器用なタイプじゃないから、仕事と研修と恋愛を同時にこなせる自信がないんです。今は夢だったスペインへ行く準備に集中したいんで、恋愛なんてしてる暇はありません」
 その三つを比べたら、恋愛をあきらめるしかない。
 きっぱり言ったのに、二人とも食い下がってきた。
「もちろん、状況はわかってる。夢は応援するし、サポートしたいと思ってる。でも、君の人生の中に少しだけ俺を混ぜてほしいんだ」
 訴えるように言う守谷さんに対して、柴崎は冷静に言う。
「俺はじっくり待つよ。どうせスペイン研修で何年もそばにいるしな。ただ、俺の気持ちを知っておいてもらいたい」
 二人とも引くつもりはないようで、心底困った。
 しかも、守谷さんが柴崎の言葉に焦った目で私を見てくるから、心がざわめく。
(もうっ、どうして今なの!?)
 容量オーバーになった私は話を打ち切った。
「とにかく今はムリですから! 失礼します!」
 一方的に言って、部屋を飛び出した。

 モヤモヤとした気分を抱えた私はそのまま帰る気になれなくて、ファミレスに寄った。
 やけのように思いつくままオーダーして、むしゃむしゃと食べる。
 よけい胃がむかむかするだけだった。
(人生に混ぜてほしいなんて、プロポーズみたいじゃない)
 結局、守谷さんの言葉が頭から離れなくて、ぼやく。
 柴崎の告白は驚きしかなかったのに、どうして出会ったばかりの守谷さんのことに関してはこんなに揺れてしまうのか。
 デザートのチーズケーキをフォークでつつきながら考える。
 そもそも恋愛なんてご無沙汰すぎて、想像もつかない。
「はぁぁぁ」
 深い溜め息をついて、かぶりを振る。
 頭を切り替えて、九月からのスペインでの生活に思いを馳せることにした。