美羽は、机に伏せていた名残で髪が少し乱れていて、急いで指先で整えながら言った。

「つ、椿くん……!あ、あのね……!!」

急に勢いづいた声。
だが次の瞬間、椿の顔が至近距離にあることに気づき、
美羽の顔は一気に真っ赤になる。

「けっ……けっ……」

「ん?」
椿が首をかしげ、優しい目で覗き込んでくる。

その仕草がまた美羽の胸をぎゅっと締めつけた。

「わ、私……椿くんに聞きたいことがあるの!!」

「なんだよ、急に。」

美羽は拳をぎゅっと握り、勢いで言った。

「椿くんの……血液型、教えてほしいの!!」

図書室の静寂が一瞬止まった。
椿が固まる。

「…………は?」

予想外すぎたのだろう。
椿は眉をぴくりと上げ、呆れとも困惑ともつかない表情をした。

「てか、そんなの聞いてどうすんだよ?」

美羽は唇を尖らせ、今にも泣きそうな顔で言った。

「い、いいから!!教えてよぉ……!」

その必死さが、椿のいたずら心に完全に火をつける。

椿はふっと口元をゆるめた。

「じゃあ先に聞くけど、お前は何型なんだ?」

「え、私!?私は……O型だよ!!
そんなことより椿くんの!教えてってばぁ!!」

椿は少し驚いた表情になり、目を細める。

「へぇ……お前、O型なのかー。」

その瞬間。
椿の瞳の奥に小さな悪戯の光が宿った。

「どうしようかな〜」

「ええええ!!ここまで椿くん探しにきたのに!?
教えてくれないの!?」

美羽は髪をふわふわ揺らしながら、半泣きで抗議した。

椿は立ち上がり、カーテンを押し分けて窓際へ歩く。
秋の光が彼の横顔を淡く縁取り、どこか映画のワンシーンのように見えた。

「お前なぁ、たかが血液型くらいで校内走り回るなよ。」

「い、いいじゃない……!
私、彼女なんだからっ……椿くんのこと、もっと知りたいって思うのは……ダメなの……?」

美羽もカーテンをくぐり、椿のそばににじり寄った。


椿は頬杖をつき、あざとく笑う。

「ダーメ。」

「ぇぇえ!?なんでよ!!もう!!
椿くんの意地悪っ—」

言い終える前に、唇が塞がれた。

時間が、ぱたりと止まる。

美羽の目が大きく見開かれ、
そしてそのまま固まった。

秋の光の中で、椿の影が美羽を包む。
優しく、でも逃げ場を与えないように。

唇が離れたあと、椿は美羽の耳元に口を寄せ、
低く艶のある声で囁いた。

「……俺もお前と同じ、O型。」

「ひゃっ……!」

美羽は反射的に耳を押さえ、顔を真っ赤にした。

椿はその反応に満足げに笑う。

「ははっ、美羽、そんな声出せるんだな。」

「え?!もう!!椿くんのバカ!!変態っ!!」

椿は楽しそうに喉を震わせ、
「悪ぃ悪ぃ」と言いながらも全然反省していない。

美羽はぷりぷり怒りながらも、
胸の奥はあたたかくて、苦しくて、くすぐったい。

――今日、どうしてこんなにも会えなかったのか。
――その全部が、今ようやく報われた気がした。

窓の外では、風が金色の木々を揺らしていた。

ふたりだけの小さな秘密みたいに。
静かに優しく、時間が流れていた。