蒼志はホワイトボードに歩み寄り、マーカーを手に取る。
 無菌手袋のまま、簡易の「店内衛生導線」を描き始めた。

 入口から作業台、水場、廃棄、冷蔵、陳列へ。
 一筆書きの線が白光に浮かび上がる。

「通すためではなく、通った後も守るための線です」

 言葉にしない支援。
 蒼志の言葉に芹葉の胸が熱くなる。

 タイマーが『08:00』を示した。
 蒼志が顕微鏡から目を離し、静かに口を開く。

「君の選別眼は正しい」
「んっ……」

 その言葉に、芹葉の喉から微かな声が零れた。

 三年前に渡された小さなメモ。

『君の選別眼は正しい』

——あの夜の記憶が蘇る。

 追加テストの反応が閾値(いきち)ギリギリで止まった。
 結果は両義的。
 蒼志の声は冷静だが、僅かに低くなる。

「最終判定へ」

 壁のタイマーは『07:59』。

 数字が減り続ける。
 芹葉の胸が、連動するように鼓動する。

 顕微鏡室の白光の中で、残されたのは、二人の沈黙だけだった。