壁のタイマーが『15:00』を示した。
 数字が減っていく度に、芹葉の胸の奥が締め付けられる。
 
 冷蔵区画の扉が開き、冷気が顕微鏡室に流れ込む。
 蒼志が花束の一部を移し、温度を下げて再観察を始めた。

「条件を変えて最終確認をします」

 淡々とした声。
 だが、その響きは芹葉の心を更に揺らす。

 顕微鏡の視野に、染色された葉片が映る。
 発色は曖昧。
 判定は揺れている。
 芹葉は唇を噛み、声を絞り出した。

「通らなくても、私はやり直す」

 蒼志は顕微鏡から目を離し、短く答えた。

「規定は規定です」

 その言葉が胸に刺さる。
 思わず、視線が泳ぐ。

——三年前、異動で何も言えなかったことを重ねているのかもしれない。

「現場の……裁量はないんですか?」

 芹葉の声は震えていた。

恣意(しい)は不正です。通すために必要なのは、正しい手順だけ」

 蒼志の声は硬い。
 だがその奥に、戸惑いがあるように感じた。
 彼の優しい声音がそう思わせているのか。
 過去の彼の優しさに重ね合わせているのか。

 芹葉は深く息を吸い、言葉を重ねた。

「あなたの手順を信じます。だから教えて下さい」

 返事はなく、空気だけが張り詰めた。