補助試験が始まる。

 ルーペで拡大し、紫外線ライトを当てる。
 淡い蛍光が葉の表面に浮かび上がる。

 芹葉は器具を受け渡す役を務める。
 無菌手袋越しに触れた瞬間、手の甲に、僅かに電気が走ったように感じた。

 ぴくっと、心臓が跳ねる。

「臭気テストを」

 蒼志が短く指示する。
 芹葉は試薬を滴下し、鼻を近づける。
 微弱な異臭。
 花の香りとは違う、金属的な匂い。

「……少し、変な匂いがします」

芹葉は声が震えないように、必死に堪える。

蒼志は顕微鏡から目を離し、芹葉を見た。

「欠陥は必ずしも不良じゃない。耐性があれば通る」

 その言葉は、三年前と同じ声音だった。

 芹葉は思わず口を開いた。

「未熟でも、通したい」

 その言葉は、自分自身のことだった。
 声が弱々しく、視線はみるみる降下して……。

 蒼志は少しだけ間を置き、言葉を続けた。

「雨の夜でも咲き続ける灯りのように。耐える力があれば、花は通る」

 その比喩に、芹葉の胸がきゅっと熱くなる。
 花の話なのに、自分自身のことを言われているようで。

「……私も、そうなりたい」

 心の奥から漏れた言葉に、蒼志は何も返さなかった。
 ただ、視線が一瞬揺れた気がした。


 芹葉のスマホが震える。
 検疫室の静寂の中で、バイブ音だけが響く。
 開店準備のメッセージが立て続けに届く。

 芹葉は通知を切り、目の前の花を見据えた。

 (今、通るかどうかが、明日に繋がるかどうか )

 芹葉の心の声は、白光に消えていった。

 染色液の発色が曖昧だった。
 蒼志が顕微鏡から目を離し、短く告げる。

「判定保留に移行します」

 壁のタイマーは『21:47』を示し、数字は容赦なく減ってゆく。

 芹葉の胸の鼓動も、連動するように速くなる。

——この花が通るかどうか。
——私自身が、通れるかどうか。

 顕微鏡室の白光の中で、二人の沈黙だけが響いていた。