顕微鏡室の扉が閉まると、外の冷気が遮断され、内部の空気がさらに張り詰めた。
 
 白光照明が天井から降り注ぎ、検査台の上に並べられた花々を無機質に照らす。
 バラの赤も、ムスカリの青紫も、ここではただの『検体』にすぎない。

 蒼志が無言で器具を整える。
 
 ピンセット、スライドガラス、染色液。
 その一つひとつの動作が、研修時代の記憶を呼び起こす。
 芹葉は思わず息を止め、彼の手元を凝視した。

「葉片を切り出します」

 淡々とした声。
 無菌手袋越しに、葉の一部が極薄にスライスされる。
 透明なガラスに載せられ、染色液が一滴、静かに落ちる。
 液が広がり、葉脈が浮かび上がった。

 芹葉は喉の奥が熱くなるのを感じた。

——三年前も、同じように彼の手元に見入っていた。

 研修が終わる夜、片付けをしていた時、彼はふと声を落とした。

『導線を守って……それが君の強みだと思う』

 少し間を置いて、彼は続けた。

『君の選別眼は正しい。僕は信じている』

 その一言が、胸に灯をともした。

——あの時、返事をしていたら
——何かが変わっていたかもしれない。

 
 顕微鏡の視野に、染色された葉片が映し出される。
 蒼志が覗き込み、短く告げた。

「気孔の周辺に痕跡があります。食害の可能性。判定には追加テストが必要です」

 彼の言葉に芹葉は唇をきつく噛み、頷いた。

「……お願いします」