冷蔵コンテナの扉が開いた瞬間、芹葉は思わず息を止めた。

 深夜の成田空港。
 貨物エリアの照明は白く、無機質で、眠気を許さない。
 冷気が吹き出し、肌を刺した。
 喉が縮こまり、息が止まりそうになる。

 台車のハンドルを握る手が、手袋越しでもじんじんと痺れている。
 輸入切花の箱が積まれたその台車は、彼女の未来そのものだった。

 バラとムスカリ。
 色も香りも、何度もサンプルを取り寄せて選び抜いた。
 
 この花たちが無事に通関できなければ、来週のプレオープンは白紙になる。
 いや、それどころか、開業そのものが危うくなるかもしれない。

香月(こうづき)さん、こちらへどうぞ」

 少し高めの声だった。
 無菌フードの奥に隠れた顔は見えないが、背の低いその検疫官は、書類を手にしながら淡々とした口調でそう言った。

 芹葉は小さく頷き、台車のハンドルを持つ手に力を込めた。
 緊張と不安を抱えたまま、冷たい床を軋ませながら検疫室へと進んでゆく。

 搬入書類を差し出しながら、心の中で何度も唱える。
 
 大丈夫。
 問題ない。
 通る。
 通す。
 
 この花たちは、ちゃんと育てられていた。
 輸送も完璧だった。
 自分の目で選び、自分の手で手配した。
 だから、きっと大丈夫。

 けれど、検疫官が花の束を目視した瞬間、その場の空気が変わった。