「もし、このまま出られなかったら……」
  考えたこともなかった。もし明日地球が終わるとしたら、とかもし明日死ぬとしたらあなたはどうする?という質問に似ている。そんなこと考えたことなかった。
  「真面目だ」
  真剣に悩む私を見て成瀬は言った。
  これを機に考えてみるのもいいかもしれないと思った。
  「成瀬は?」
  「え〜なんだろうな」
  成瀬が、前を見る。その目はさっきまでのように穏やかで、でもその瞳の奥はなんだか少し冷たかった。そこに、この人の過去が映っているのだとしたら、この人にはどんな過去があるのだろうと思った。
  「なんかさ、成瀬の恋バナ聞きたい」
  「恋バナ!?なんで?恋バナて久しぶりに聞いたわ。やっぱ27歳若えな〜」
  いやそんな変わらんやろ、と心の中で突っ込む。
  「俺ないよ恋バナなんか」
  「成瀬モテないんだ」
  「お前なあ」
  「医者でお金持ちでイケメンなのに、モテないんだ」
  「ぶっ飛ばすぞ」
  私がうひひ、って笑うと、成瀬は呆れたような顔してから、「恋バナねぇ……」と呟いた。

  「恋バナになるかはわからないけど、俺も、誰かを好きだったことはある」
  何それ、過去形?
  「聞きたい!」
  「うーんどうしよっかなぁ。まあいいか、もしかしたら今日これきり悠ちゃんと会わないかもしれないし。そんな人だったら話してもいいか」
  うん、そうだそうだ。成瀬の過去の話、聞いてみたい。
 「長くなるけど、聞いてくれる?」
  窓の外は、夜の始まり。空の西の方に微かにオレンジ色が残っていた。