マジックアワー

 その人が
  「また止まっちゃいましたね」
  って言った。
  「そうですね」
  私が言うと、その人はスマホに視線を戻した。

  それから、10分くらい経った。電車はまだ動かない。いつ動くんだろう。さっき素直に乗り換えていたら今頃家に着いているはずだった。退屈と不安が後悔をますます増幅させる。

  「あのう、」
  声がして、前を見る。
  「はい?」
  「動かないですね、電車」
  「そうですね」
  「この電車よく使うんですか?」
  「あ、はい。毎日」
  「よく止まるんですか?」
  「いや、全然」
  なるほど、この人は普段あんまりこの電車に乗らないんだと思った。
  「今日たまたま?」
  「たまたま」
  お気の毒に、と思いながら私が頷くと、その人が笑う。目尻に笑い皺ができる。