夜遅く、こっそりと忍び込んだ。
ここは、私ーー立石 花音が通っている高校。
人通りが少なく、目につかない場所の窓のドアを開けておいたから、これほど容易く入ることができた。
今日は、実行日。
校舎内を歩くのも重かった足取りだけど、今日に限っては一歩一歩の歩みが軽く、早い。
そして、私が向かったのは屋上。
ポンッーー。
軽快な音が鳴ると、スマホが動画を撮影し始めた。
『ブスを遠ざけようとするキミ達へ。
私はこれから……此処、屋上から飛び降りようと思ってます。
これは、キミ達が私をキモい、呪い、消えろ、死ねなどひどい言葉を投げかけた結果です。
気にしないようにしよう、無視しよう。
何度も頭の中では思っていました。
でも、それでもキミ達の言葉は私の心を土足で踏みにじってきましたね。
それがもう、ね……その』
気丈に振る舞っていたが、声が震えて目には溢れそうな程涙が溜まった。
一度上を向いて、深呼吸すると再びスマホに視線を向けた。
『我慢できなくなっちゃって。
私は、自分の意思でここから飛び降りるけれどーー
これは、キミ達に殺されたと思っています。
キミ達は一生、この映像を目に焼き付けてください』
そう言うと、深々と頭を下げた。
『それじゃあ、さようなら』
そう言って、屋上から飛び降りるフリをした。
一通り演技を終え、スマホに映らない角度へ回り込んで録画を停止した。
「……よし。ちゃんと撮れてる」
動画を再生し、バッチリ撮れた動画にガッツポーズをした。
自分が映っている動画を見るのは恥ずかしいけれど、仕方ない。
演技といっても、これは嘘ではない。遺書は、きちんと送らなければ、意味がない。
だから、散々苦しめてきた奴らに送りつけてから飛び降りる算段だ。
慣れた手つきでスマホを操作し、ポケットに片づけた。
額から頬にかけて残る大きな火傷の傷。
この傷は、7年前に発生した火災現場で負ったもの。当時の痛みはひどかった。今はとっくに痛みなんてないけれど、心がぎゅっと痛むようになっていった。
7年前、当時小学3年生だった時。地元の新聞の一面にドドンと大きく載った。
【火傷を負いながらも人命救護に貢献した小さな英雄】として。
この火傷は、火事で崩れた瓦礫の下に埋もれていた子を助けようとした時に負ったのだ。
この傷は、名誉、英雄の証と言われてきた。小学校で私のことを知らない人はいなかった。
先生も同級生も近所の人達もみんな、私を褒めてくれた。
しかし、その時間は長くは続かなかった。
「うわ、なにあの顔」
「キッショ」
中学生になり、初めて悪意のある言葉が向けられた。私が通っていた中学は、同じ地域にある3つの小学校に通っていた生徒達が集められている。
他の学校だった子が、私の顔を見て聞こえるように言ってきたのだ。
「あんな顔、私だったら生きていけないわ」
クスクスと悪意を含んだ笑みを浮かべ、嫌な雰囲気はどんどん広がっていった。
言葉の数々を受け、人助けをした証だと誇りに思っていた顔の傷を、髪を伸ばして隠すようになった。
恥ずかしい、隠さなければいけないものだと思うようになったからからだ。
そして、高校受験を控えた中学3年生の時。人に対するトラウマが生じた私は、なるべく知り合いのいない遠い高校へ進学することを決めた。
しかし、1人だけ同じ学校へ進学したのだ。関わったことがない子だから、きっと大丈夫ーーなんて、不確かな確証を得ていたのだけれど、それが間違いだった。
「アイツ、バケモノだぜ。顔にデカいキモい傷があるんだ」
なんて、その男子が言いふらしたことで私の高校生活も終わりを告げたのだ。
もう、やめてしまおうーー生きることを。
私には、どこに行ったってこの傷について触れられるのだから。
「ーーバイバイ」
そう言って、私は簡単に屋上から飛び降りた。
この時の私はまだ、この動画が全世界に発信されることを後に知るなんて、思いもしなかった。


