朝一杯のコーヒーを生活に取り入れてから、二週間。
朝にちゃんとお腹が空いて、夜も前よりすっと眠れるようになった。
鏡の前でメイクをしていても、どこか顔色がいい気がする。
気のせいって思ったらそこまでかもしれないけど、こういうのは効果があるって思うことが大事だからね。
そう思いながら、どこか明るい気持ちで、私は薄手のトレンチコートを羽織って家を出た。
少し前までは、気持ち良い涼しさを感じていたけれど、朝晩は肌寒さを感じるようになってきた。
マンションをでてすぐの距離に、いつものコンビニの看板が見える。
自動ドアが開いて、店内の暖かい空気と、揚げ物とコーヒーが混ざったコンビニ特有の匂いが一気に押し寄せた。
「いらっしゃいませー」
私は迷わずレジに進み、いつもの通り口にする。
「アイスコーヒー、Mで」
いつもの癖でアイスを注文したけれど、少し寒いだろうかと考えた。
カップを受け取り、コーヒーマシンの列に向かうと、すでに一人、先客がいた。
グレーのスウェットに、柔らかそうな黒のスウェットパンツ。
ゆるいシルエットの服を、袖口を手の甲まで伸ばして着ている男性。
首の辺りでさらっと揺れる、黒に近いこげ茶色の長めの髪が印象的ですぐにあの人だとわかってしまう。
二週間前から、朝のこの時間帯で、何度も見かけるようになった人。
私がコーヒーを買いにくる休日を除いた十日間のうち、七日間、同じコーヒーマシンの前で顔を合わせていた。
かなりの頻度で顔を合わせているから、もはや「知らない人です」と言い張れないくらいには、見慣れてしまった。
待ち時間40秒ほど。
マシンからコーヒーが注ぎ終わる電子音が鳴りスウェットの男性が振り向く。
「どうぞ。お先です」
少し猫背気味に、ぺこりと会釈をされた。
長い前髪から覗く眠たげな目元がふわっと細くなって、柔らかい笑顔ができる。
「ありがとうございます」
私も軽く会釈を返しながら、口元にだけ小さく笑みを浮かべる。
こういう、知らない人との一瞬のやりとりは苦手じゃない。
三回ほど顔を合わせた頃から、会釈のやり取りが増えて、五回目くらいからはほんの少しの言葉を交わすようになった。
自分のことを何も明かさない不思議な関係だけれど、その柔らかな時間は悪くない。
彼はさっと脇に寄ると、ふたを閉めながら、マシンの横の小さなスペースに移動した。
私がカップをセットし、ボタンを押すと、冷たいコーヒーが勢いよく注がれ始める。
ジャーッという音を聞きながら、なんとなく横目で彼を見る。
片手には、コーヒー以外に小さなサンドイッチ。
朝ごはんをここでまとめているのかもしれない。
近所の人、なんだろうなあ。
同じ時間に同じ店でコーヒーを買うということは、きっと家もそう遠くない。
そう思うと、不思議な親近感が湧いてくる。
「今日は、ちょっと寒いですね」
ふいに、横から穏やかな声がした。
顔をあげると、蓋をはめ終えた男性が、コーヒーの紙カップを両手で包み込むように持ちながら柔らかく笑っている。
そのホットコーヒーと対照的に、大量の氷の中に注がれているコーヒーを見つめ、私は小さく笑みをこぼした。
「ですよね。もうそろそろ私もホットかなあ」
ジャーッという音が止み、氷の上に注がれたコーヒーの表面が、少しだけ揺れた。
ふたをして、ストローを差し込む。
40秒が2回分。
蓋をはめたりして、100秒ほどの時間を共に過ごした私たちは、微笑みあってコンビニを出た。
「それじゃあ」
彼はそう言って、駅へ行くのと反対方向へと歩き出した。
歩き方はゆっくりで、急いでいる感じがしなくてこちらまで緩やかな気持ちになる。
同じように、QOL楽しんでる人、なのかな。
そんな小さな想像をして、私は駅へと歩き出した。
アイスコーヒーのカップを片手に、私は駅へ向かって歩き出す。
手のひらは冷たいけれど、胸の奥は不思議と温かい。
名前も、仕事も、何も知らない人。
全く別の人生を生きている誰かの生活が、そっと隣り合わせにあるのは、なんだか不思議と嬉しいものだった。
朝にちゃんとお腹が空いて、夜も前よりすっと眠れるようになった。
鏡の前でメイクをしていても、どこか顔色がいい気がする。
気のせいって思ったらそこまでかもしれないけど、こういうのは効果があるって思うことが大事だからね。
そう思いながら、どこか明るい気持ちで、私は薄手のトレンチコートを羽織って家を出た。
少し前までは、気持ち良い涼しさを感じていたけれど、朝晩は肌寒さを感じるようになってきた。
マンションをでてすぐの距離に、いつものコンビニの看板が見える。
自動ドアが開いて、店内の暖かい空気と、揚げ物とコーヒーが混ざったコンビニ特有の匂いが一気に押し寄せた。
「いらっしゃいませー」
私は迷わずレジに進み、いつもの通り口にする。
「アイスコーヒー、Mで」
いつもの癖でアイスを注文したけれど、少し寒いだろうかと考えた。
カップを受け取り、コーヒーマシンの列に向かうと、すでに一人、先客がいた。
グレーのスウェットに、柔らかそうな黒のスウェットパンツ。
ゆるいシルエットの服を、袖口を手の甲まで伸ばして着ている男性。
首の辺りでさらっと揺れる、黒に近いこげ茶色の長めの髪が印象的ですぐにあの人だとわかってしまう。
二週間前から、朝のこの時間帯で、何度も見かけるようになった人。
私がコーヒーを買いにくる休日を除いた十日間のうち、七日間、同じコーヒーマシンの前で顔を合わせていた。
かなりの頻度で顔を合わせているから、もはや「知らない人です」と言い張れないくらいには、見慣れてしまった。
待ち時間40秒ほど。
マシンからコーヒーが注ぎ終わる電子音が鳴りスウェットの男性が振り向く。
「どうぞ。お先です」
少し猫背気味に、ぺこりと会釈をされた。
長い前髪から覗く眠たげな目元がふわっと細くなって、柔らかい笑顔ができる。
「ありがとうございます」
私も軽く会釈を返しながら、口元にだけ小さく笑みを浮かべる。
こういう、知らない人との一瞬のやりとりは苦手じゃない。
三回ほど顔を合わせた頃から、会釈のやり取りが増えて、五回目くらいからはほんの少しの言葉を交わすようになった。
自分のことを何も明かさない不思議な関係だけれど、その柔らかな時間は悪くない。
彼はさっと脇に寄ると、ふたを閉めながら、マシンの横の小さなスペースに移動した。
私がカップをセットし、ボタンを押すと、冷たいコーヒーが勢いよく注がれ始める。
ジャーッという音を聞きながら、なんとなく横目で彼を見る。
片手には、コーヒー以外に小さなサンドイッチ。
朝ごはんをここでまとめているのかもしれない。
近所の人、なんだろうなあ。
同じ時間に同じ店でコーヒーを買うということは、きっと家もそう遠くない。
そう思うと、不思議な親近感が湧いてくる。
「今日は、ちょっと寒いですね」
ふいに、横から穏やかな声がした。
顔をあげると、蓋をはめ終えた男性が、コーヒーの紙カップを両手で包み込むように持ちながら柔らかく笑っている。
そのホットコーヒーと対照的に、大量の氷の中に注がれているコーヒーを見つめ、私は小さく笑みをこぼした。
「ですよね。もうそろそろ私もホットかなあ」
ジャーッという音が止み、氷の上に注がれたコーヒーの表面が、少しだけ揺れた。
ふたをして、ストローを差し込む。
40秒が2回分。
蓋をはめたりして、100秒ほどの時間を共に過ごした私たちは、微笑みあってコンビニを出た。
「それじゃあ」
彼はそう言って、駅へ行くのと反対方向へと歩き出した。
歩き方はゆっくりで、急いでいる感じがしなくてこちらまで緩やかな気持ちになる。
同じように、QOL楽しんでる人、なのかな。
そんな小さな想像をして、私は駅へと歩き出した。
アイスコーヒーのカップを片手に、私は駅へ向かって歩き出す。
手のひらは冷たいけれど、胸の奥は不思議と温かい。
名前も、仕事も、何も知らない人。
全く別の人生を生きている誰かの生活が、そっと隣り合わせにあるのは、なんだか不思議と嬉しいものだった。



