たった100秒間の運命

何も変わらない、秋晴れの日の朝。
やっと涼しくなってきた気候に、ぐぐっと大きく伸びをする。

コンビニの自動ドアが開き、目に入った後ろ姿に私は立ち止まった。
静かにコーヒーマシンの前に立つ、黒のTシャツにスウェットパンツの男性。
胸が一瞬止まった気がした。

「清花さん、ドア空きっぱだよ」
ゆっくり振り返った憩くんは、変わらない、あの柔らかい笑顔を浮かべた。

少し体格が大きくなったかな。髪が伸びたかな。
なんだか大人っぽくなったように感じる姿に、胸が大きく高なっていた。

「憩くん……おかえり」
「ただいま」

久しぶりで、上手く言葉が出てこない。
憩くんの存在がこんなにも大きかったのだと、今更ながらに実感していた。

憩くんがいなくなってからも、自分の日常は変わらなかったのに。
寂しい気持ちはあっても、いないと苦しいなんてそんな大きな気持ちはなくて、彼の存在は完全に思い出の一部になっていたはずだったのに。

「まだアイスコーヒーなんだ」
「うん、駅まで歩くとちょっと暑いんだよ」

間に空いた一年なんて、そこには存在しなかった。
いつもの会話にそのまま戻れる感覚があって、私は嬉しくなる。

コンビニを出て、いつもの別れ際になる。
そのまま手を振るはずのいつも通りが崩れ、彼はふとその足を止めた。

「清花さん、なんか綺麗になった?」

あまりにも急な言葉に、私は眉を下げて笑ってしまう。

「なにそれ、急な口説き文句?」
ふふっと笑いを続けると、憩くんは珍しく柔らかい表情を崩して、恥ずかしそうに唇を尖らせた。

「違うよ。でも本当に思ったんだ」
まっすぐな言葉に、私は素直に笑う。

「嬉しい。ありがとう」

憩くんがいなくなってからも、自分の日常は変わらなかった。

だけど、彼の考えは私の中に残っていて、私なりの自分を大切にした日常を整えてきた。
仕事も友達関係も、恋愛だって前向きに立っていられる今の自分を、私自身が好きだと思えている。

「だとしたら、憩くんのおかげだけどね」
私が続けると、憩くんは照れ隠しをするように飲んでいた珈琲を止めた。

「憩くんが、私の価値観を大切にしてくれたから」
真似をして柔らかく笑って見せると、彼はほんのりと頬を赤くして、頭をかいた。

「あー……。今日の夜、話してみようかなって思ってたんだけど」
少し考えるように視線をそらしてから、まっすぐに視線が合う。
ドキドキするような真剣な瞳に、私は呼吸を忘れてしまう。

「一緒に歩いてみる?」

名前のつかない関係のまま、それでも確かに隣を歩ける関係が変わり始めるかもしれない。
けどその関係にも、やっぱり名前は必要ない。

片手にお揃いのコーヒーをもって、私たちは静かに笑い合った。