たった100秒間の運命

いつも通りに仕事をこなし、資料をプリントしようと立ち上がったとき、ちょうど同期の渡辺がコピー機の前に立っていた。

「まだかかりそう?」
「おーもう終わるよ」

最後の一枚を手に取りトントンと整理する様子を横で眺める。
春に一足先に出世した渡辺は、課長。

今年の秋にも人事評価の発表があるけれど、どうだろうなとぼんやり思う。

「今回さ、高坂ワンチャンあると思ってるよ」
「うん?」
コピー機を操作しながらそう言った彼に聞き返す。

「人事。最近、高坂が褒められてるのよく聞く」
「え、なにそれ」
思わず、まっすぐに顔を見上げてしまう。

「高坂、前まではさ『絶対迷惑かけません』って感じの壁があったと思うんだよ。仕事はできるんだけど話しかけづらいっつーか」
「あー……」
思い当たる節はたくさんある。
特に上司や男性社員に対しては、強く気を張っていた自覚はあって、私は苦笑いをこぼすしかなかった。

「いや、悪い意味じゃないよ。仕事できるし頼りになるし。現に後輩女子からの支持は異常にあるわけだし。ただ、会社としてはちょっとやりづらさもあったんだよな」
「へぇ……」
コピー機の前を譲られて、私はぽちぽちとボタンを操作する。

渡辺の言う通りだ。
女性だからと舐められるのが嫌で、意識的に壁を作っていた。
女扱いをされるのも、頑なに嫌がってたし。

「でも最近は柔らかい感じになったと思う。コミュニケーションが取りやすいし、だからといって仕事上の鋭さが消えたわけでもないから。俺もやりやすいし、上もそう思ってるっぽいよ」
その言葉に私はコピー機から目を逸らして渡辺に視線を戻した。

「上?」
「ああ、ここだけの話な。この間飲み会で部長が言ってたんだよ。高坂にチームを任せるのもありかもって」
「……っ、聞いてないんだけど」
「そりゃまだ確定ではないだろうし、直接は言わないでしょ。でも、そういう話はあがってるらしいよ」
渡辺は「やるじゃん」と笑う。

そんなつもりはなかった。
気を張り続けるのをやめたら、周りからの印象まで変わるんだと、自分でも驚きが勝つ。

「楽しみだよ。高坂と一緒に仕事できるのは」
照れ隠しみたいに彼はプリントをまとめ、そのまま部屋を出て行った。

……そっか。
思わぬ評価に嬉しくなって、一人で笑みをこぼす。

なんだか、今の自分の方がすごく好きだ。
状況は大きく変わっていない。
それでも不思議と、前よりずっと息がしやすい。