たった100秒間の運命

ふるふると憩くんのスマホが震えた。

「あ、ごめん」
「いえいえ、お気になさらず」
私が両手を差し出して「どうぞ」と意思を示すと、憩くんは遠慮することなくその場でスマホの着信ボタンを押した。

会話を始める彼の声を聞きながら、私は目の前の食事を口にした。

美味しいと噂だった今日のビストロのお肉も大当たり。
ちょっと濃いめの味付けがビールにぴったりだった。

また何かの機会に使えるかもしれない。
そう思って、お店のブックマークを登録する。

友達との食事に提案するところまでを想像して、ふと私はその手を止めた。

そういえば、印象が変わったことがひとつあった。
フリーのイラストレーターという少し特殊なお仕事をしているし、普段からラフな服装なことの多い彼は、一人の時間が好きなのかと思っていた。

けれど、彼のスマホには、割と頻繁に通知が来る。
仕事の連絡もいくつかあるみたいだけど、プライベートの内容も多そうだ。

「うん。いい。今日は予定ある。えー来週?確認してまた送るわ」
いくらか会話をしていた彼は、簡潔に対応してすぐにスマホを置いた。

「行かなくていいの?」
誘われたらしい口調に、そう尋ねると、憩くんは緩やかに片手を振ってまた料理に向かい合う。

「うん。いま清花さんといるし」
その物言いが彼の持つ自由を体現していた。

言動に無理がなくて、どこか羨ましくなる。

「憩くんってかっこいいよね〜」
気付けばそんな言葉が口をついて出ていた。

憩くんはさすがに驚いた様子で手を止めてこちらを見上げた。
私は慌てて両手を勢いよく振る。

いけない、完全に気を抜いていた。

「あ……。違う違う!ごめん!私、結構あの、人間関係に神経質なタイプで。本当は厳しくても憂鬱でも、断ることが苦手なタイプだから。羨ましいなって、思ってしまいました……」

慌てたからか余計なことまで言ってしまった気がする。
段々と語彙をすぼめていった私を見て、憩くんは笑った。

「俺は適当だからね。この適当さを許してくれる友達しかいないんだよ」

卑屈な言葉を使いながらも、その事実に落ち込んだ様子は全くもってない。
むしろそれを好んでいるかのような微笑みに私はまた羨ましくなった。

人のリズムに無理に合わせないし、自分のペースを崩さない。
それで離れていく友達はそれまでだというどこか達観したような淡白さは、私には望んでも手にできない感情だった。

「だから清花さんも、俺には気遣わないでね。いろんなところで気を遣う分、そういう場所があるのもいいでしょ」
その何気ない言葉に、思わず息をのむ。

気を遣わなくていい人。
異性同性関係なくて、ただ隣にいて心地の良い関係。

「なんか本当、憩くんって不思議だな。なんでこんなに落ち着くんだろ」
「あはは、嬉しい。俺も楽しいよ」

憩くんは無邪気に笑う。
その無邪気さにほんの少しの愛しさをおぼえたことは、気づかなかったことにした。