蓮先輩がそっと離れていくと、冷たい夜気が一瞬だけ肌に触れて、さっきまで抱きしめられていた場所が切なくなる。
私は胸に手を当てて、まだ残る彼の体温を確かめるように深呼吸した。

けれど、蓮先輩はふっと笑って私の手を取り、家の前から少し離れた道へと歩き出した。

「……先輩? 帰らないんですか……?」

「まだ終わりじゃねぇよ。ひまりと、もう少しだけ夜を歩きたい」

その言葉に、胸の奥がゆっくりと熱を帯びる。

歩いて数分、開けた場所に出た。
丘の中腹のようになった小さな広場。
夜景が真正面に広がっていて、昼間とは別世界みたいに街の光がきらきらと瞬いていた。

「ひまり、ほら……きれいだろ」

「……すごい……」

蓮先輩の横顔を盗み見ると、夜景よりも、彼のほうがずっと綺麗だった。
街の光に照らされた瞳は深くて、吸い込まれそうなくらい優しい。

ふと、蓮先輩が小さく息をつく。

「……ひまり。こういう場所、誰とも来たことねぇんだ」

「え……?」

「俺が連れてきたいって、思ったのは……お前だけだよ」

胸がぎゅっと締まって、呼吸が止まりそうになる。

蓮先輩は私の手を掴んだまま、ゆっくりと体ごと向き直る。
夜風が静かに揺れて、私たちの影が寄り添うように伸びていた。

「ひまり」

名前を呼ぶ声が、驚くほど甘く落ちる。

「……今日、お揃いのキーホルダー買っただろ。あれ、ただの記念じゃねぇから」

「……え?」

「お前が俺の隣にいる理由を、ちゃんと形にしておきたかった」

耳まで熱くなる。
その瞬間、彼は私の顎にそっと指をかけて、上向かせた。

「ひまり。俺のこと……ちゃんと捕まえておけよ」

「と、捕まえる……?」

「そう。俺がどれだけお前に惚れてるか……自覚しろよ」

囁きながら、蓮先輩の顔が近づく。
夜景の光が滲んで、彼しか見えなくなる。

唇が触れた瞬間、体の奥が一気に熱くなる。
柔らかくて、深くて、時間が止まったみたいなキス。

離れたくない。
もっと触れていたい。
そんな気持ちが胸を締めつけて、呼吸の仕方すら忘れそうだった。

蓮先輩は一度だけ唇を離し、私の頬に触れた。

「……ひまり」

また唇が重なる。
今度は少し深く、甘く、長く。

夜の静けさに包まれて、世界が二人だけになったかのようだった。

唇を離したあと、蓮先輩は私の額にそっとキスを落とした。

「……ずっとそばにいろよ。ひまりがいねぇと……俺、ダメだわ」

「……はい……」

涙が出そうになるほど嬉しくて、気づいたら蓮先輩の胸にしがみついていた。

彼はそのまま私の頭を抱きしめ、小さく笑う。

「大好きだよ、ひまり」

夜景が遠ざかっていくほど、蓮先輩の声が近くて、温かくて。
胸の奥で、ずっと響き続ける。

――この人といたい。

強く、強く思った。