蓮先輩が卒業してから、まだ一日しか経っていないのに。
学校で彼の姿が見えないだけで、こんなにも胸がきゅうっと苦しくなるなんて思わなかった。
家の自分の部屋。
勉強机の上に置いたままのスマホを見つめる。
蓮先輩がいない学校の一日は、やっぱりどこか空白で。
黒薔薇組のみんなが話しかけてくれても、隙間みたいな寂しさは埋まらない。
「……蓮先輩、何してるのかな……」
声に出すと余計に寂しさが広がる。
布団に潜ってみても、胸のざわざわはまったく消えなかった。
気づいたら、スマホを握っていた。
本当は……迷惑かな。
忙しいかもしれないし。
でも、
「……声、聞きたい……」
小さく呟いた瞬間、指が勝手に蓮先輩の名前を押していた。
コール音が鳴る。
心臓がドクンドクンと跳ねる。
あ、出ないかもしれない……と思った瞬間。
『……ひまり?』
低くて落ち着いた、
だけど誰よりも安心する声。
聞いた瞬間、胸の奥がきゅっと鳴って、視界が滲んだ。
「……蓮先輩……会いたいです……」
泣くつもりなんてなかったのに、声が震えてしまう。
電話越しの向こうで、蓮先輩が息を呑むのがわかった。
『……ひまり、泣いてんの?』
「な、泣いて……ない……です……けど……」
自分でも信じられないくらいの嘘だった。
『俺が卒業したから?』
「……ちょっとだけ……寂しくて……」
言った瞬間、蓮先輩は小さく息を吐いて、低い声で囁いた。
『ひまり。そんな可愛いこと言われたら、我慢できなくなる』
胸がドキッと跳ねる。
『……今から行くわ』
「えっ!?だ、だめです!夜ですよ!?危ないです!」
『ひまりが寂しくて泣いてんのに、行かねぇわけねぇだろ』
声がさっきより低くて……甘くて……
ほんの少し、独占欲が滲む。
『五分で着くから、玄関開けとけ。』
「あ、あの、蓮先輩!?まって……!」
プツン、と音がして通話が切れた。
スマホを握ったまま、ひたり、胸に手を当てる。
「……そんな……すぐ来るって……」
でも、心のどこかで嬉しくて仕方ない。
胸のざわざわも、不安も、全部、彼の声だけで溶けていった。
蓮先輩が来てくれる。
その事実だけで、寂しい夜が一瞬で甘い夜に変わってしまう。
私はゆっくり立ち上がり、玄関へ向かった。
――もうすぐ、蓮先輩が迎えに来る。
それだけで、胸が温かくて、涙が零れそうになった。



