まだ蓮先輩のことを完全には思い出せない日々。
 でも、なぜか胸の奥がざわつく。
 その原因は、今日、教室で目の前にいる女子たちだった。

「ねえ、ひまりちゃんって……蓮先輩のこと、本当に覚えてるの?」

 いつもにこやかにしている女子が、ニヤリと挑発する。
 その笑顔が、不自然に冷たく感じる。

「……覚えていません……」

 答えると、彼女たちは口をそろえて小さく笑い、私をからかうように囲んできた。
 鞄を無理やり引っ張られ、ノートを落とされる。
 心臓がぎゅっと締め付けられ、涙がうっすら溢れそうになる。

「や、やめてください……!」

 叫びそうになる私を、背後から強い腕が包む。
 振り向くと、蓮先輩の鋭い視線が女子たちを射抜いていた。

「……ひまりに触れるな」

 その低く落ち着いた声に、教室の空気が一瞬で凍る。
 女子たちはびくっとし、口ごもりながら手を引く。

「……な、なによ……」

 一人が挑発的に言うと、蓮先輩はさらに体を前に出して、私を自分の後ろに隠すように抱き寄せる。

「もう二度と、俺の姫に手を出すな」

 その声には怒りと独占欲が滲んでいて、胸がぎゅっと熱くなる。
 私は自然と体を蓮先輩に押し付け、頬を胸に押し当てる。

「……ありがとう、蓮先輩……」

 小さく囁く私に、蓮先輩は髪を優しく撫でながら、耳元でささやいた。

「俺が守る。ひまりのことは、絶対に誰にも渡さない」

 その言葉に、胸が温かくなると同時に、少し切なさも混じる。
 記憶はまだ戻らないけれど、この人がそばにいてくれることだけは確かで、心から安心できる。

 ――私は、蓮先輩の姫なんだ。
 どんなことがあっても、守ってくれる人がいる。
 その安心感だけで、私は今日も涙をこらえながら笑顔を作った。