朝の光が差し込むはずの道。
 でもその日は、いつもと同じ道を歩いているはずなのに、何かがおかしい――そんな違和感を覚えた瞬間、視界が一瞬真っ白になった。

「……うっ……!」

 激しい衝撃。周りの音が歪み、車のブレーキ音と叫び声が耳に突き刺さる。
 次に気が付いたとき、私は病院の白い天井を見上げていた。

 頭がぼんやりとして、胸も胃もぎゅっと締め付けられるように痛い。
 身体は無事だろうか、いや、それ以前に――この痛みの中で、何かが欠けている感覚に襲われた。

「……ここは……?」

 声を出してみるけれど、声の震えに自分で驚く。
 隣に座っている見知らぬ人――いや、見覚えのあるはずなのに思い出せない顔がある。

「……ひまり……大丈夫か?」

 低く落ち着いた声。どこか懐かしいような、でも思い出せない声。
 その顔を見ると、胸がぎゅっとなる。
 いや、誰?

「……すみません、でも……あなたは……?」

 問いかけると、その人は少し寂しそうに微笑み、手を差し出してくる。

「俺は……蓮だ。ひまり――俺の姫」

 その瞬間、頭の中に空白が広がる。
 ――姫? ひまり? 自分の名前? 蓮?

 記憶が――ない。全部が、真っ白。
 胸の奥の熱さも、笑顔も、思い出も、全部が消えてしまったような感覚。

「……ごめんなさい……でも……思い出せません」

 声を絞り出すと、蓮は少し目を伏せ、唇をぎゅっと結ぶ。
 その表情は、いつもの優しい笑顔とは違い、どこか切なさと焦りに満ちていた。

「……ひまり……大丈夫だ。俺が、必ず思い出させる……」

 低く、でも強く響くその声に、心臓がぎゅっとなる。
 覚えていなくても――この人は私を守ろうとしている。
 不思議な安心感が胸に広がる一方で、なぜか涙が止まらない。

 ――私の大切な記憶は消えてしまったけれど、
 誰かの温もりだけが、かすかに胸に残っている――。