総長は姫を一途に溺愛する。

翌日、学校に着いた瞬間から、胸の奥がざわついていた。
 昨日の教室での出来事が、まだ頭に残っている。

 教室に入ると、案の定、転校生の來人くんが私の席の前で立っていた。
 黒髪が光に反射して、切れ長の瞳が今日も私だけを見つめている。

「……ひまり、昨日はびっくりさせて悪かった」

 低く、でも真剣な声。
 顔を少し傾けて、私の目を覗き込むように言う。
 胸がぎゅっとなる。どうしてこんなに心臓が早くなるんだろう。

 ――でも、来ないで……
 心の中で小さくつぶやく。
 昨日のことを思い出すと、やっぱり蓮先輩の腕の温かさを思い出してしまう。

 その時、教室のドアが開く音。

「――ひまり!」

 振り向くと、蓮先輩が昨日よりも早く、力強く廊下から駆け込んできた。
 視線が鋭く、來人をじっと睨む。

 私の心臓がまた跳ねる。
 兩方から視線を向けられ、胸が押しつぶされそうになる。

 來人はにやりと微笑む。
 挑発的で、だけど真剣。
 私に近づきながら言う。

「ひまり……少し、話さないか?」

 蓮先輩が間に入るように立ち塞がる。
 手を軽く伸ばして私の肩を掴むその瞬間、全身が熱くなる。

「誰だか知らねぇが、ひまりに手を出すな」

 低く、強く響く声。
 教室中のざわめきが止まる。
 來人の笑みが一瞬固まる。

「……なんで俺がだめなんだ?」
 來人は軽く首をかしげ、私を見つめる。

「理由なんかいらねぇ。
 ひまりは、俺のそばにいる――誰にも渡さない」

 ひまりの手をぎゅっと握りながら、蓮先輩は私の体を自分の方に引き寄せる。
 その温もりと圧に、思わず息が止まりそうになる。

 來人は一歩下がるけれど、目はまだ真剣に私を見つめている。
 胸の奥で、何かがぐらりと揺れる。

 ――どうしよう……。
 昨日の告白も、今日の來人くんの視線も、蓮先輩の独占も……。
 私の心は、もう整理できないくらい混乱している。

 でも、胸の奥でひとつだけ確かなこと。
 ――蓮先輩の腕の温かさが、今の私を守ってくれる、唯一の安心だということ。