総長は姫を一途に溺愛する。

放課後。夕日の赤が校舎の窓に差し込んで、廊下の影を長く引き伸ばしていた。
 ひまりのロッカー前にはまだ警戒するように黒薔薇組の二人が立っていて、その横で蓮先輩が腕を組んでいた。

 ひまりは朝のメモをぎゅっと握ったまま、縮こまって立っていたけれど──
 ふと、ロッカーの端に 少しだけ浮いた金具 があるのに気づいた。

「……あれ?こんなの、今まで……」

 しゃがんで指で押すと、金具の奥から小さな光が揺れた。

 蓮先輩も気づいてそばに膝をつく。

「……ひまり、待て。それ──触らないほうがいい」

 でも、ひまりはなぜか引き寄せられるように、その隙間に指を差し込んだ。
 ひっかかりを外すと、小さな黒いものが出てきた。

 スマホのレンズ。

「え……録画……?」

 ひまりの声が震える。

「盗撮……かよ。ふざけんな」

 蓮先輩の声が低く沈み、空気が一瞬で張りつめた。

 黒薔薇組の二人が即座に周囲を確認したそのとき──
 廊下の角で、気配が揺れた。

「……っ」

 ひまりが顔を上げると、そこには。

 同じクラスの、あの地味めな女子──星川。

 いつも誰より存在感が薄かった、声も小さくて目立たない子。
 今日も髪で顔を隠し、視線だけ泳がせながらこちらを見ていた。

 ひまりと目が合った瞬間──
 星川の顔が、ゆっくり、ゆっくりと歪んだ。

 まるで“見つけてくれた”と言うように。

「……あ。気づいちゃったんだ……ひまりちゃん」

 ひまりの心臓が止まりそうになる。
 喉の奥がぎゅっと縮む。

「星川さん……?どうして……」

「どうして?だって──ひまりちゃんが蓮先輩に近づくからだよ。
 ひまりちゃんは蓮先輩に触っちゃいけないのに。
 あんな、抱きしめられたり……屋上で二人でお弁当なんか食べたり……」

 星川の肩が震えている。
 笑っているのに、涙がこぼれている。

「蓮先輩はね、ひまりちゃんみたいな子に関わっちゃいけないんだよ……
 だって私、ずっとずっと、蓮先輩のこと──」

「……やめろ」

 蓮先輩の声が低く響いた。

 星川は蓮先輩を見た。
 その表情は“恋をしている顔”ではなかった。
 渇いて、追い詰められて、ひび割れたガラスみたいに危うい。

「蓮先輩……ひまりちゃんなんか守らないでよ……
 どうして……ひまりちゃんばっかり……」

 その瞬間──黒薔薇組の二人が星川の左右にゆっくり立った。

「星川さん、先生呼んできます」

「少し話を聞きましょう」

 星川は後ずさった。
 涙を流しながら、笑っている。

「だって……ひまりちゃんが悪いんだよ……全部……」

 ひまりは言葉が出ない。
 ただ、震えて蓮先輩の袖を掴んだ。

 蓮先輩はその手をしっかり包み込みながら、ひまりの横で静かに言った。

「ひまりは何も悪くねぇよ。
 悪いのは……お前だ、星川」

 夕日が差し込み、星川の影が長く伸びていた。