総長は姫を一途に溺愛する。

先輩……そろそろ授業、戻らなくて大丈夫ですか?」

 私が小さくそう言うと、蓮先輩はほんの一瞬だけ目を細めた。

「ひまりより大事な授業なんかねぇよ」

 即答。
 優しいけど、危うい。

 それでも、先輩はようやく腕をゆっくり離してくれた。

「……ひまり。外に誰がいるか、見せていい?」

「え?」

 先輩は立ち上がり、保健室の扉を少しだけ開けた。

 その瞬間――

「総長!」「中、異常なしです!」

「姫の具合はどうっすか!?」「脈拍おかしくないか!?」

 黒服……ではないけど、完全に“そっち系の空気”を纏った黒薔薇組のメンバーが、保健室前の廊下にズラッと並んでいた。

 全員、真剣な顔。
 一般生徒は遠巻きに見て、誰も近づけない。

「っ……な、なにこれ……」

 保健室の前だけ別世界。

 蓮先輩はため息まじりに言う。

「ひまりの保護態勢。俺が指示した」

「し、指示って……いつ……」

「朝からずっとだよ。ひまりの教室の前にも立ってた。
 ……間に合わなかったけどな」

 悔しそうに、奥歯を噛む。

 それを見て、胸がきゅっとなった。

「総長!」

「ひまりさんが教室で絡まれたって連絡入ってから、俺たち全員走って来たんすよ!」

「すぐ対応遅れたの、本当にすみません!」

 大の男たちが頭を下げる。
 めちゃくちゃ絵面が怖いけど……申し訳なさすぎて逆に泣きそう。

「ひ、ひまりって呼ぶの、みんな……?」

「当然っすよ!姫なんで!」
「姫は黒薔薇組全員で守る存在です!」

「守るどころか、命かけます!」

「総長が惚れた女なんで!」

「最後の言葉いらねぇだろ」

 蓮先輩が容赦なくツッコむ。
 でもみんな真剣だった。

「桜井さん、安心してください。
 これからは登校も下校も、廊下歩く時も、全部俺らが守ります!」

「見張りも交代制でつけます!」

「黒薔薇組に手出ししたら終わりなんで!」

 先輩が眉をひそめる。

「お前ら。ひまりを脅すな」

「あっ……すみません!」

 そう言いながらも、皆の視線は“守る気まんまん”で、逃がす気ゼロだった。

 蓮先輩は私の肩を軽く抱き寄せて言った。

「こういうわけで……ひまりは今日から“黒薔薇の完全保護対象”だ。
 もう二度と、誰にも指一本触れさせねぇ」

 保健室の静けさとは裏腹に、
 外はもう“ひまりを守るための砦”になっていた。