総長は姫を一途に溺愛する。

 蓮先輩は私を庇ったまま、周囲に一度だけ冷たい視線を向けた。

「もういい。ひまり、行くぞ」

 そう言うと私の手をそっと掴み、教室の外へ連れ出した。

 ざわざわ……と後ろで噂が広がるけれど、先輩は振り返らなかった。
 彼の手は驚くほど温かくて、けれど少し震えていた。

 ――怒っている。
 私のせいでこんな思いをさせてしまっているのに、手を離せなかった。

 静かな保健室に着くと、蓮先輩は私をベッドに座らせた。
 扉を閉める音も、なんだか遠くに聞こえる。

「ひまり」

 名前を呼ばれただけで、胸が熱くなる。

「さっき……怖かっただろ」

 優しい声。
 でも奥に抑えきれない怒りがあるのが分かる。

「……うん。ちょっと……」

「ちょっとじゃねぇよ」

 蓮先輩は私の横に膝をつき、そっと頬に触れた。

「泣きそうだった。……いや、泣いてた」

「ご、ごめんなさい……」

「なんでひまりが謝んだよ」

 ぎゅっと抱きしめられた。

 突然の温もりに、心臓が跳ねる。
 でも、安心したとたん……涙がこぼれてしまった。

「怖かった……」
「誰も助けてくれなくて……」

「俺がいるだろ」

 低く、強く、耳元で囁かれる。

「ひまりを守るのは俺の役目なんだ。
 誰かにいじめられるくらいなら……学校ごと潰してもいい」

「そ、そんな……!」

 思わず離れそうになるが、蓮先輩の腕が強く抱き寄せてくる。

「冗談だよ」

 言葉とは裏腹に、その目は冗談に見えなかった。

「ひまり。俺をもっと頼ってくれ。
 一人で泣くくらいなら……全部俺に言え」

 彼の指が、泣き腫れた目元をそっと拭う。

「ひまりの涙、俺……嫌いだ。
 だけど俺にだけ見せてくれるなら……悪くない」

 そんな甘くて危ない言葉を言って、蓮先輩は私の髪に軽く触れた。

「大丈夫。俺が全部守る。
 ひまりを傷つける奴は、全員こうしてやるから」

 そう言って、ぎゅっと抱きしめてくれる。

 胸が苦しいのに、逃げたくなくて――
 私は蓮先輩の制服を小さく掴んだ。

「……先輩」

「ん?」

「もう少し……このままで、いてもいいですか」

 途端に、蓮先輩の腕の力が増した。

「当たり前だ。
 ひまりが離してって言うまで……絶対に離さねぇよ」

 保健室の静けさの中、心臓の音だけがやけに大きく響いた。