総長は姫を一途に溺愛する。

私は震える手でスマホを握りしめ、蓮先輩の名前をタップした。
 呼び出し音が鳴るたびに、胸がぎゅっと縮んで息が苦しくなる。

 一回……
 二回……
 三回……

 「……ひまり?」

 先輩の声が聞こえた瞬間、涙があふれた。

「先輩……っ……」

「どうした。泣いてるのか?」

「家の外で……足音がして……だれか……いるみたいで……」

 言葉がうまく出ない。
 震えが止まらなくて、喉がつまる。

 けれど、蓮先輩の声は一瞬で変わった。

 低く、怒りと焦りが混じった声。

「ひまり、すぐ鍵閉めろ。窓から離れろ。いいな?」

「……はい……」

「俺が今から行く。五分。絶対に出るな」

 五分なんて、本当に……?
 心のどこかで思ったけれど、先輩の声には迷いがひとつもなかった。

「ひまり。俺がつくまで……電話切るな」

「……うん……」

 私は部屋の明かりを消して、窓から少し距離を取りながら布団の中に身を潜らせた。

 蓮先輩はそのまま、ずっと電話越しで話しかけてくれた。

「大丈夫だ。俺がいる。怖くない」
「ひまりは俺の大事な姫なんだから……守るのは当然だろ」

 その声に、胸の不安が少しずつ溶けていく。
 ……でも、先輩の声がいつもより低い。怒ってるみたいで。

「先輩……怒ってるの?」

 一瞬の沈黙。
 それから、押し殺したような声。

「当たり前だ。ひまりの家の周りに……誰かがいるなんて」

 息を吸う音が聞こえた。

「“俺以外の誰か”が、ひまりのそばにいるのが……むかつく」

 ぞくっと、背筋が震えた。
 怖いのに、不思議とその言葉に安心してしまう自分がいる。

 蓮先輩が、私のために怒ってくれてる。

 その時――

 ドンッ!

 窓の外で、なにかを蹴ったような音が響いた。

「っ!」

 悲鳴を飲み込んだ私より先に、蓮先輩が低く呟いた。

「……家の前に着いた。ひまり、すぐ迎えに行く」