総長は姫を一途に溺愛する。

翌朝の学校は、昨日よりも少しだけ風が冷たかった。
 空は晴れているのに、胸の奥は妙にざわざわしている。
 蓮先輩が送ってくれた帰り道の温度が、まだ指先に残っているのに、気持ちは落ち着かない。

 ――昨日のメモが、頭から離れない。

 けれど、今日くらいは普通に過ごせるはず。
 そう思い込んで、私は昇降口へ向かった。

 靴箱の前に立ち、扉を開く。

「……え?」

 視界の端に、白い紙片が落ちた。
 昨日のメモよりも小さく折りたたまれていて、拾い上げた瞬間、指先がひやりとする。

 嫌な予感が、喉の奥を締めつけた。

 そっと開く。

 そこには、雑な字でひとこと。

『ひまりちゃん、蓮先輩から離れなよ』

 心臓が痛いほど脈打った。

「……うそ、でしょ……」

 昨日と違う。
 名前だけじゃなくて、蓮先輩のことまで書かれている。

 つまり――誰かは私たちのことを、見ていた。

 ぞわり、と背中に冷たいものが走る。
 蓮先輩が言っていた“誰かがいた”という言葉が、現実味を帯びてのしかかってきた。

 どうしよう。誰に言えばいい?
 蓮先輩は絶対、これを見たら怒る。
 昨日の段階であんなに怖い顔していたのに、今日のは……。

 胸の奥がぎゅっと縮まる。

「……蓮先輩に、言った方がいい……よね」

 分かってる。
 隠したらもっと心配させる。

 でも言ったら、蓮先輩は――
 ……昨日みたいな優しい表情ではいられないかもしれない。

 紙を握りしめたまま、私は昇降口に立ち尽くした。

 少し遅れて登校してきた生徒たちの話し声が、遠くでぼんやりと反響している。

 世界は普通なのに、自分だけが別の場所に取り残されたように感じた。

 蓮先輩……早く会いたい。
 でも、どう言えばいい?

 紙を握る手に、自然と力が入った。