総長は姫を一途に溺愛する。

校門を出た瞬間、夕方の風が背中を押した。
 昼間より少し冷たくて、落ちかけた陽の匂いが混ざっていて――気持ちいいはずなのに、私はどうしてか胸の奥がざわついていた。

「帰ろ、ひまり」

 蓮先輩が隣に立つ。
 その距離が、いつもより近い。ほんの数センチ……それだけのはずなのに、歩幅を合わせるたび肩が触れそうで、心臓が落ち着かない。

「あの、蓮先輩。そんなに近くなくても――」

「ダメ」

 即答。
 思わず言葉が詰まる。けれど、彼の横顔は柔らかく微笑んでいて、拒絶されているわけじゃないと分かる。

「心配だから。今日は特に」

 低く落とされた声に、さっきのメモのことがよぎった。
 怖かったはずなのに、蓮先輩にそう言われると、不思議と胸の奥が温かくなる。

「あの……さっきからちょっと距離、近くないですか?」

「ひまりが離れたら、また誰かが触れるかもしれない」

「だ、誰かなんて……」

「いるよ。今日、ひまりの教室の前に知らないやつがうろついてた」

「え……?」

 初めて聞いた。それを知った瞬間、ぞわっと背中が冷える。

「心配させたくなくて言わなかったけど……あれ、ただの偶然じゃないかもしれない」

 そう言いながら、蓮先輩の歩く速度が少しだけ落ちた。
 私が歩きやすいように合わせてくれているのが分かるのに、その横顔はどこか張り詰めていて……。

「だから、今日はここ」

 すっと、蓮先輩の手が私の腕に触れる。指先がほんの軽く添えられただけ。でもそれだけで、胸が跳ねた。

「ひまりを守れる距離にいる」

 視線を向けると、蓮先輩は夕陽を背負った横顔のまま、少し微笑んだ。

「安心して。ひまりは、一人にしないから」

 その言葉が怖いくらい真剣で、でも……嬉しいと思ってしまった自分がいて。
 ひまりの胸は、怖さと甘さの境目で静かに揺れていた。