総長は姫を一途に溺愛する。

 放課後、校門前の空気は夕日の色を濃く吸い込んで、橙と薄紅が混ざったみたいに温かかった。けれど今の私には、その色さえ少しだけ心細く見えた。
 ひまり、と呼ぶ声がして振り向くと、蓮先輩が歩いてくる姿が見える。ゆっくりとした歩幅なのに、なぜだか真っ直ぐこちらに迫ってくるように感じた。

「待った?」

「ううん……今来たところです」

 いつものように笑おうとしたけれど、頬が強張っているのが分かった。蓮先輩は私の顔を一瞬だけ見て、すぐ何かを察したように眉を寄せる。

「ひまり、疲れてる?」

「えっと……」

 言おうか迷った。こんなので心配かけたくない。気にしてるって思われたくない。でも、ポケットの中の紙切れが、まるで存在を誇示するように重かった。

 蓮先輩が小さく、促すように言う。

「話してみ?」

 その声音が優しかったから、私はようやく口を開いた。

「……ロッカーに、変なメモが入ってて」

 蓮先輩の足がぴたりと止まった。
 空気が、夕風ごと一瞬で静まる。

「メモ?」

「うん……ただの悪戯だと思うんだけど……『調子に乗らない方がいいよ』って」

「……ひまりの名前、書いてあった?」

 その問い方が静かで、逆に怖いくらいだった。
 私は小さく頷く。

 蓮先輩は何も言わないまま視線を落とし、深く息を吸った。長い指がポケットに差し込まれるみたいにぎゅっと握られ、肌越しに緊張が伝わってくる。

「それ、見せて」

「でも……ほんとに大した――」

「ひまり」

 柔らかい呼び方なのに、逃がさない力が宿っていた。
 私は観念して、ポケットから紙を取り出して手渡す。

 蓮先輩は数秒だけ視線を走らせ、すぐ眉の奥に怒気を沈めたように細く目を伏せた。紙を折りたたむその手つきはゆっくりで、けれど決して穏やかではない。

「これ、ひまり一人で気にするやつじゃない」

「でも、蓮先輩に迷惑かけたくなくて……」

「迷惑?」

 蓮先輩は一歩近づいてきて、私の頭を軽く撫でる。
 優しいのに、どこか焦げるような熱を帯びた声だった。

「ひまりに何かあったら、俺の方が困るんだって」

 胸の奥が熱く揺れる。
 それでも蓮先輩の瞳の奥には、私のためだけに怒っている色が潜んでいた。

「心配しなくていい。俺がちゃんと見てる。ひまりを一人で歩かせたりしないから」

「……蓮先輩」

「帰ろ。今日は俺、家まで送る」

 そう言って私の肩にそっと手を添える。その温度に触れた瞬間、ロッカーの前で感じた恐怖がようやく薄れていった気がした。

 けれど、私の気づかないところで――
 蓮先輩の指は、折りたたんだメモを強く握り過ぎて、角がわずかに折れていた。