五時間目が終わり、廊下に流れ出した生徒たちのざわめきが波のように揺れていた。私は教室に置きっぱなしだった教科書を取って帰ろうと、廊下側に並ぶロッカーへ足を向ける。昼の屋上で蓮先輩と過ごした時間の余韻が、まだ胸の内にふわふわ残っている。
あんな距離で向かい合ってお弁当を食べたのなんて、初めてだった。蓮先輩が笑うたびに、胸の奥がくすぐったくて、なんだか夢心地みたいで。だから、きっと気が緩んでいたのだと思う。
自分のロッカーの前に立った瞬間、ほんの小さく嫌な予感が背筋を撫でた。廊下は明るいのに、ロッカーの扉だけ陰を落として見える。こんなこと、今まで一度もなかったのに。
鍵を外し、ゆっくり扉を引く。
その瞬間、ひらりと白い紙が一枚、私の足元に落ちた。
「……え?」
無意識にしゃがみ込み、その紙を拾う。折り目は一つもなく、真新しい。だけど、指先が触れた瞬間、理由のない冷たさが走った。胸の鼓動が、ゆっくりと速くなる。
裏返す。
たった一文だけ、黒いインクで書かれていた。
『あんまり調子に乗らない方がいいよ、ひまりちゃん。』
瞬間、世界が一拍止まったように感じた。
誰が?
いつ?
どうして、私の名前を?
ひらがなで書かれた“ひまりちゃん”の文字はやわらかい。だけどその優しげな字体すら、ぞっとするほど温度がなかった。まるで紙の上に貼りつけただけの笑顔みたいに、ただ気味悪い。
喉の奥がきゅっと締まる。屋上で蓮先輩と並んでお弁当を食べたこと、あれを誰かが見ていた? 黒薔薇組の子たち? それとも、もっと別の……。
考えたくないのに、考えが勝手に巡っていく。
手が汗ばんで紙がくしゃりと音を立てた。
周囲ではまだ、クラスメイトたちが楽しげに話している。私だけが別の空気の中に閉じ込められたみたいだった。息の仕方すら忘れそうで、胸の奥がひどくざわつく。
「……どうしよう」
声にならない声がこぼれる。
蓮先輩に言うべきだろうか。
でも、こんなことで迷惑をかけたくないし、ただの悪戯だったら……。
そのとき、背後で誰かの足音が止まった。
ぴたり、と。
たったそれだけで、心臓が恐ろしく跳ねた。
振り返る勇気が出ず、私は静かにロッカーの扉を閉める。
足音が一歩、また一歩と遠ざかっていく。
すれ違った誰かの気配が、やけに強く残っていた。
私は震える指でメモを制服のポケットに押し込み、その場を離れた。
夕日が廊下に伸ばす影がやけに長くて、まるで誰かが足元にまとわりついているみたいに感じた。
あんな距離で向かい合ってお弁当を食べたのなんて、初めてだった。蓮先輩が笑うたびに、胸の奥がくすぐったくて、なんだか夢心地みたいで。だから、きっと気が緩んでいたのだと思う。
自分のロッカーの前に立った瞬間、ほんの小さく嫌な予感が背筋を撫でた。廊下は明るいのに、ロッカーの扉だけ陰を落として見える。こんなこと、今まで一度もなかったのに。
鍵を外し、ゆっくり扉を引く。
その瞬間、ひらりと白い紙が一枚、私の足元に落ちた。
「……え?」
無意識にしゃがみ込み、その紙を拾う。折り目は一つもなく、真新しい。だけど、指先が触れた瞬間、理由のない冷たさが走った。胸の鼓動が、ゆっくりと速くなる。
裏返す。
たった一文だけ、黒いインクで書かれていた。
『あんまり調子に乗らない方がいいよ、ひまりちゃん。』
瞬間、世界が一拍止まったように感じた。
誰が?
いつ?
どうして、私の名前を?
ひらがなで書かれた“ひまりちゃん”の文字はやわらかい。だけどその優しげな字体すら、ぞっとするほど温度がなかった。まるで紙の上に貼りつけただけの笑顔みたいに、ただ気味悪い。
喉の奥がきゅっと締まる。屋上で蓮先輩と並んでお弁当を食べたこと、あれを誰かが見ていた? 黒薔薇組の子たち? それとも、もっと別の……。
考えたくないのに、考えが勝手に巡っていく。
手が汗ばんで紙がくしゃりと音を立てた。
周囲ではまだ、クラスメイトたちが楽しげに話している。私だけが別の空気の中に閉じ込められたみたいだった。息の仕方すら忘れそうで、胸の奥がひどくざわつく。
「……どうしよう」
声にならない声がこぼれる。
蓮先輩に言うべきだろうか。
でも、こんなことで迷惑をかけたくないし、ただの悪戯だったら……。
そのとき、背後で誰かの足音が止まった。
ぴたり、と。
たったそれだけで、心臓が恐ろしく跳ねた。
振り返る勇気が出ず、私は静かにロッカーの扉を閉める。
足音が一歩、また一歩と遠ざかっていく。
すれ違った誰かの気配が、やけに強く残っていた。
私は震える指でメモを制服のポケットに押し込み、その場を離れた。
夕日が廊下に伸ばす影がやけに長くて、まるで誰かが足元にまとわりついているみたいに感じた。



