総長は姫を一途に溺愛する。

先輩に連れられて、私は初めて屋上へ足を踏み入れた。
 風がふわっと吹き抜けて、昼休み特有の明るい光がコンクリートに反射している。

 蓮先輩は私の手を軽く引いて、建物の陰になったベンチへと座らせた。

「ここなら誰も来ねぇ。ひまりが落ち着いて飯食える」

「そ、そんな気を遣わなくても……」

「気は遣ってねぇよ。俺がここで食いたいだけだ」

 そう言って、隣に腰を下ろす。
 距離が近い。
 触れたらそのまま抱き寄せられそうなくらい近い。

 心臓の音が、風の音より大きく聞こえる。

「……ひまりの弁当、見せろ」

「え? あ、えっと……普通のですけど……」

 おそるおそる開くと、蓮先輩は覗き込み、ふっと目を細めた。

「かわいいな、こういうの」

「えっ……弁当が、ですよね?」

「違ぇよ。ひまりが、だ」

 胸が跳ねて、声が止まった。
 蓮先輩はその反応を見て薄く笑い、何事もなかったように自分の弁当を開ける。

 食べている仕草は静かで綺麗なのに、目線だけは私から離れない。

「じ、じっと見られてると食べづらいです……」

「見てたいんだよ。ひまりが飯食ってるとこ」

「どんな趣味ですかそれ……!」

「姫のことならなんでも知りてぇんだよ」

 真顔で言われると困る。
 でも……うれしい。
 そんな感情が胸の奥でほんの少し芽生えてしまう。

 気を紛らわせるようにおかずを口に運ぶと、蓮先輩がふいに言った。

「ひまり。朝のあれ、怖かったよな」

「……ちょっとだけ。でも、蓮先輩が来てくれたから……助かりました」

 言った瞬間、自分でも驚いた。
 本音すぎて照れくさい。

 蓮先輩の表情が、わずかに柔らかくなった。

「……そう言ってもらえると、悪くねぇな」

 風が校舎の上を抜け、髪を揺らす。
 蓮先輩はその揺れた髪をそっと指先で整えた。

「ひまり。これからも……こうして一緒に飯食っていいか?」

「えっ……で、でも……周りの人がまた変な噂を……」

「噂なんか関係ねぇ。ひまりが嫌じゃなきゃ、それでいい」

「……嫌じゃないですけど……」

「じゃあ決まりだな」

 強引で、自信満々で——
 なのにどこか優しくて安心する。

 気づけば、隣に座る彼の温度が近すぎて、胸がざわつく。

「ひまり」

「はい……?」

「もっと俺のこと、見てていいから」

 その意味深な言い方に、胸がまた跳ねた。

 昼休みの鐘が鳴るまでの時間が、いつもよりずっと短く感じた。