総長は姫を一途に溺愛する。


昼休み。
 私はお弁当を広げながら、必死で心を落ち着かせようとしていた。

 朝の“姫宣言”の衝撃が大きすぎて、全然授業が頭に入らなかった。

(はぁ……どうしよう……)

 そこへ、友達になったばかりの女子・真白ちゃんが椅子を寄せてきた。

「桜井さん、大丈夫? 朝……すごかったね」

「うん……なんか、すごかった……」

「黒薔薇組の総長が、あんなふうに……。あれ、完全に特別だよ」

「特別じゃないと思う……はず……」

 自信なく言いかけた、その瞬間。

 ——ドンッ!!

 教室のドアが勢いよく開いた。

 クラス中がビクッと振り向く。

「失礼しまーす! 姫のクラス、ここで合ってる?」

「おい智也、姫に“失礼します”はねぇだろ。ちゃんと丁寧にいけよ」

「は? じゃあお前言えよ」

「俺が? 姫に丁寧語使っても似合わねぇだろ」

「はぁ……めんど……」

 騒がしい声が教室に流れ込んでくる。
 ドアの前には——黒薔薇組のメンバー、三人。

 智也くん(無駄に明るい)、
 篝(いつも眠そう)、
 九条(喧嘩が強い、見た目も怖い)。

「えっ……えっ……なんで……?」

 教室が凍りついたように静まり返る。

「おい、ひまり姫、昼飯一緒に食おうと思ってよ!」

 バンッと手を振ってきたのは智也くん。

「ちょ、………ま、待って……! クラスの人が見てるから……!」

「見せといた方がいいだろ。『姫は俺らの組のもんです』ってな」

「だからその言い方やめて!!」

 叫びかけたところで、九条が真顔で近づく。

「姫。周りのやつらに嫌がらせされてねぇか?」

「されてない!! まだ大丈夫!!」

「まだって何だ。誰か手ぇ出したら俺が落とす」

「落とすとか怖いこと言わないで!!」

 教室の空気が完全にパニックで固まっている。

 ひそひそどころじゃない、誰もが息を潜めて見ている。

 そして篝がぼそっと言った。

「姫、今日の弁当……小さくねぇ?」

「えっ……普通だよ?」

「足りん。姫はもっと食え。ほら俺の弁当半分やる」

「何で!?」

「姫は育てるタイプだろ」

「育てるって何!?」

 もはや意味不明すぎて頭が痛くなる。

 そんな中、智也が私の机にどさっと座り、お弁当箱を置いた。

「俺ら、姫と仲良くしたくて来たんだよー!」

「やめてよ! 授業妨害とか怒られるから!」

「昼休みだからセーフ」

「そういう問題じゃなくて!」

 そのときだった。

 ——ガラッ。

 教室の後ろの扉から、ゆっくりと蓮先輩が入ってきた。

 その瞬間、黒薔薇組の三人の背筋がピンッと伸びる。

「……何やってんだ、お前ら」

 低い声が教室の空気を支配した。

「れ、蓮先輩……! 姫の見守りを……!」

「頼んでねぇ」

 蓮先輩の目が、静かに、でも明らかに怒っている。

「ひまりが困ってるだろ。全員下がれ」

「す、すみません!!」

 三人は一瞬でドアの外へ退散。
 教室内が息を吹き返したようにざわつき始める。

 蓮先輩は私の机の前に立ち、少しだけ眉をひそめた。

「ひまり、大丈夫だったか?」

「あ……うん……でも……」

「怖がらせたなら悪い。あいつらは悪気はないんだが、姫に対して距離が近すぎる」

「距離って、私ただの一年生なのに……」

「“ただの”じゃねぇよ。俺が選んだ姫なんだから」

 その一言に、また胸が跳ねる。

「……ひまり」

「な、なんですか……」

「昼休みは俺と一緒に食え。……心配で仕事にならねぇ」

 仕事(総長業)にならないって、どういう……。

 でも、蓮先輩の目は真剣そのもので、冗談なんて一つもない。

「……いいか?」

 教室中の視線が集まる中、
 私はうなずくしかなかった。