イベントホールを出ると、夜の冷たい空気が一気に肺に入ってきた。街灯に照らされた歩道は意外と暗くて、人通りももうほとんどない。黒薔薇組の面々に“姫”と紹介され、ただただ振り回された一日はようやく終わった……はずだったのに。
隣では、さっきまで誰よりも堂々と“俺の姫だ”と言い放っていた黒薔薇 蓮が、当たり前のように歩幅を合わせてくる。
「……あの、蓮先輩。送らなくても大丈夫です。家、すぐそこなので」
「いや、ダメだ。今日は色んな目に遭っただろ。桜井を一人で帰らせる気、俺にはない」
言い切り方が強すぎて、反論がすっと喉で消える。
姫って何? 保護対象? 所有物? 意味わからない。意味わからないけど、蓮の歩く速度は落ちなくて、結局そのまま並んで歩くしかなかった。
「……黒薔薇組のみんな、怖いかと思ったけど。意外と優しい人ばかりですね」
ぽつりと呟くと、蓮が少しだけ横目でこちらを見た。
「お前に対してだけな。他にはあんな態度しねぇよ。桜井は特別なんだよ」
「特別……?」
「そうだよ。姫って呼ばれた理由、まだちゃんと説明してないけどな」
蓮はそれ以上言わず、口を閉ざした。
街灯がまた一つ、二人の影を伸ばしていく。
特別と言われる理由なんて身に覚えはない。
ただ握手会で倒れただけ。ただ助けられただけ。ただ勝手に“姫”にされた——だけ。
それでも。
蓮の歩く横顔は、昼間みたいな強引さだけじゃなくて、どこか守るような静けさがあった。無言のままでも気まずくない。落ち着く。そんなの、今までなかったのに。
「着いた。ここだろ?」
家の前に着いた瞬間、蓮が足を止める。
薄暗い玄関の明かりがふわりと灯り、夜風がさらりと頬を撫でていった。
「……今日は、本当にありがとうございました。でも、私は姫なんかじゃ——」
「ひまり」
名前を呼ばれると、心臓が小さく跳ねた。
「無理矢理なんかじゃねぇよ。お前が嫌がるなら、やめる。ただ……」
蓮はほんの一瞬だけ、声の温度を落とす。
「守らせてくれ。それだけでいい」
優しすぎて、困る。
強すぎて、逃げられない。
「……おやすみ、ひまり」
そう言って蓮は背を向ける。
黒いコートが夜に溶け込んでいくのを、私はしばらく見送ってしまった。
隣では、さっきまで誰よりも堂々と“俺の姫だ”と言い放っていた黒薔薇 蓮が、当たり前のように歩幅を合わせてくる。
「……あの、蓮先輩。送らなくても大丈夫です。家、すぐそこなので」
「いや、ダメだ。今日は色んな目に遭っただろ。桜井を一人で帰らせる気、俺にはない」
言い切り方が強すぎて、反論がすっと喉で消える。
姫って何? 保護対象? 所有物? 意味わからない。意味わからないけど、蓮の歩く速度は落ちなくて、結局そのまま並んで歩くしかなかった。
「……黒薔薇組のみんな、怖いかと思ったけど。意外と優しい人ばかりですね」
ぽつりと呟くと、蓮が少しだけ横目でこちらを見た。
「お前に対してだけな。他にはあんな態度しねぇよ。桜井は特別なんだよ」
「特別……?」
「そうだよ。姫って呼ばれた理由、まだちゃんと説明してないけどな」
蓮はそれ以上言わず、口を閉ざした。
街灯がまた一つ、二人の影を伸ばしていく。
特別と言われる理由なんて身に覚えはない。
ただ握手会で倒れただけ。ただ助けられただけ。ただ勝手に“姫”にされた——だけ。
それでも。
蓮の歩く横顔は、昼間みたいな強引さだけじゃなくて、どこか守るような静けさがあった。無言のままでも気まずくない。落ち着く。そんなの、今までなかったのに。
「着いた。ここだろ?」
家の前に着いた瞬間、蓮が足を止める。
薄暗い玄関の明かりがふわりと灯り、夜風がさらりと頬を撫でていった。
「……今日は、本当にありがとうございました。でも、私は姫なんかじゃ——」
「ひまり」
名前を呼ばれると、心臓が小さく跳ねた。
「無理矢理なんかじゃねぇよ。お前が嫌がるなら、やめる。ただ……」
蓮はほんの一瞬だけ、声の温度を落とす。
「守らせてくれ。それだけでいい」
優しすぎて、困る。
強すぎて、逃げられない。
「……おやすみ、ひまり」
そう言って蓮は背を向ける。
黒いコートが夜に溶け込んでいくのを、私はしばらく見送ってしまった。



