恋するだけでは、終われない / 卒業したって、終われない


 卒業式の予行演習が、時間どおりに終了して。
「ふたりとも、お疲れさま」
 機器室では都木(とき)先輩が、明るい声で。
 メインの三藤(みふじ)先輩と、サブの玲香(れいか)ちゃんに声をかけている。


「それより。明日の本番も、本当にここにいる気ですか?」
「えっ、月子(つきこ)?」
「まぁ『答辞』を断ったくらいだから、当然じゃないの?」
「玲香も……知ってたの?」


 人望的にも、成績的にも適任のはずの都木先輩は。
 卒業生代表の大役を辞退した。

「放送部でいられる時間を取られたくない、でしたっけ?」
「最近美也(みや)ちゃんって、割と好き放題してるよね〜」
 三藤先輩と玲香ちゃんが、冷めた声で話しているけれど。

「……海原(うなはら)くん、なにか?」
「どうかした、(すばる)君?」
 在校生代表、いわゆる『送辞』を断ったふたりだって……。
 都木先輩のことは、いえないのではないでしょうか……?



 僕が『かわりに』呼び出された、担当の先生によれば。
「人前でスピーチするのは……無理です」
「えっ?」
「放送部が忙しいので、練習したりできません」
「なにっ?」
 そうって、あっさり断ってしまったらしい。

「……な、なるほど」
「なるほどじゃないぞ、海原」
「へっ?」
「せめてひとりくらい説得してくれんか? お前、一応部長だろ?」

「それなら……二年生成績トップ三のもう一角の……」
「あぁ、バレー部の春香(はるか)陽子(ようこ)か? あいつもなぁ……」
 あのふたりの代役ですか? ならやりません、と。

「まったく、なんなんだあいつらは?」
「さ、さぁ……」
「ちょっと待て、そういえば春香も元放送部じゃないか! どうなっとる!」
 なぜか僕が、怒られたんですけど……。


「しかたがないわね、海原くん」
「昴君、ありがと」
 三藤先輩も玲香ちゃんも、それ以上の興味はないらしく。

「美也ちゃん」
「そろそろ時間ですよ」
 都木先輩に、元新聞部長らとの『親睦会』の時間だと告げている。

「あ、本当だ。なんだかごめんね」
「いいえ」
「それはそれで、大切ですよ」

 ふたりのいうとおり、このあとは『送る会』の打ち合わせと準備があるので。
 さすがに都木先輩まで駆り出すのは忍びない。

 それに加えて。
「お願いっ! 海原君!」
「あとは『謝恩会』まで美也を『ささげる』から、一回だけ一緒に遊ばせて!」
 三年生たちに、あれだけ懇願されたので。
 僕としても、これでよいと思うのだ。



「じゃぁ……いってきます」
「美也ちゃん、いってらっしゃーい!」
 少しだけうしろ髪引かれるようすの、都木先輩と入れ替わりに。
 明日の『送る会』の資料を手に。
 波野(なみの)先輩と、高嶺(たかね)。それに市野(いちの)さんが戻ってくる。

「あれ、配布するほうは?」
「なんか、バレー部がやってくれるって」
「しかも男女両方、共同だよ。珍しいよね」

 僕の質問に、高嶺と市野さんが答えると。
「なんだかんだいって、みんな三年生のために動きたいんだ・ね・!」
 波野先輩がニコリと笑って、僕を見る。


 いただける好意は、素直に受け取ることにして。
「波野先輩、ステージじゃなくてもいいですか?」
「そんな欲張りじゃないよ! きょうは千雪(ちゆき)に色々教える日!」
 ふたりに機器室をまかせると。

「はいはい、あちこちいったりきたりさせるんでしょ?」
 高嶺がブレザーを脱ぐと、軽く腕まくりをしながら僕を見て。
「海原、いくよ!」
 無駄に大きな声で。
 扉を開けろと、催促してきた。





 ……講堂にはすでに、多くの在校生たちが着席していた。

 部長の栗木(くりき)若葉(わかば)以下、女子バレー部員たちが誘導する中。
「資料がなかったら、挙手してくださ〜い」
 陽子の声が、よく響く。

 先生たちもおおかた集まっていて。
 集団の最後列で、わたしと目の合った響子(きょうこ)先生が慌ててしゃがみこむ一方。
 まったく気にしていない佳織(かおり)先生が、手に持ったパンを堂々と振っている。


 ステージ上の長机で、わたしがパソコンの設定を終えた頃。
「玲香、準備はどう?」
 月子が確認にやってくると。
「わたしは、舞台袖で待機するわよ」
「えっ?」
 彼女はさっさと、この場から消えようとする。

「席がふたつしかないわ。海原くんと玲香で満員よ」
「だって昴君、演台で話すでしょ?」
「……よく、見てみなさい」

 画面に集中していて気づかなかったけれど。
 昴君が柔道部員たちと一緒に。
 なぜか全員、白い手袋をはめて。
 重厚なつくりの演台を、慎重に反対側の舞台袖まで運んでいる。


「今朝、寺上(てらうえ)先生が熱心に磨いていたそうよ」
「えっ?」
「明日のために校長がきれいにしたものだからって……」

 月子が、昴君に視線を送りながら。
「使うわけには、いかないそうよ」
 少しうれしそうな声で、わたしにいう。


「なんだか、『らしい』ね」
「本当よね……」
「ねぇ月子。昴君ならきっと座らないから、どう?」

 わたしはせっかくだからと、隣の席を勧めたものの。
「ステージの上なので、遠慮するわ」
 月子がゆっくりと、首を振る。

「なんだか……『らしい』ね」
「なにか問題でもあるかしら?」
 月子はそういって、わたしを見てから一息置いて。
「そろそろよ。準備はいいかしら?」
 インカムでみんなに、呼びかけた。





「……先生、どうぞ」
 わたしが、生徒指導部長にマイクを渡すと。
「なぁ三藤。俺の説明は……短いぞ」
 先生がニヤリと笑って、数歩進んでステージの端に立つ。

「えー。諸君」
 先生は、ひとり満足そうにうなずいてから。
「おかげさまで学校側としても、授業時間を削ってでも協力する気になりました」
 客席の生徒たちを数秒かけて、見回すと。

「だからあとは、君たちにまかせたぞ」
 それから、思わず。
 客席の生徒たちがどよめいてしまったほど。
「三年生たちのためにありがとう」
 早口でそう告げたあとで、ひとり。

 ……深々と、頭を下げていた。


「ほれ、マイクを返すぞ」
「え、ええ……」
「以前はな、放送部が正直目障りだったんだ」
「えっ?」
「でもな……いまは。俺の『推し』になった」

 指導部長として、『三年目』だというその先生は。
「『俺の』教え子たちが卒業する。だから本番も、よろしく頼むぞ!」
 やや大きな声で、わたしに告げると。
 もう一度ニヤリとしてから、舞台袖から消えていく。


「はい、じゃぁあとは委員長。説明よろしくー」
「みんな、聞いてあげてね〜」
 客席の後方で、佳織先生と響子先生が。
 インカムのマイクでそういうと。
 ステージ中央に向かって、スポットライトが一気にまぶしくなる。

「千雪、ちょっと明るすぎ・だ・ね」
「すみません、姫妃ちゃん」
 失敗したといいたげな声が聞こえたけれど。
 あなたたち……。
 いまのは絶対、わざとよね……。


 すかさず玲香が、スライドを投影して。
「アンタ、さっさとしゃべんなよ」
 由衣(ゆい)が『やや控えめ』に、指示を出すと。
 海原くんがつられて、説明をスタートさせて。
 結果このあとの段取りがわかりやすく、在校生たちと共有された。


「……概要は以上となります」
 ところが、海原くんが最後に。

「全体をとおしてご意見や質問はありますか?」
 そういって。
「では、それぞれの担当でなにかあれば。またそのときに教えてください」
 全体説明を終わろうとした、そのとき。


「……、……ぎ!」

 突然客席から、やや甲高い声が聞こえた気がして。
 海原くんとわたしが、思わず目を合わせたところで。


「き、緊急動議!」


 気のせいではなく、やや緊張したようなその声がこのとき。

 講堂の中に……響き渡った。