学校から帰ってきたあやめは、
なんとなく気分が優れなくて、靴を脱ぐ動きもゆっくりだった。

玄関で四男・律が笑顔で迎えてくれる。

「おかえりなさい、あやめさん。……今日は、少し元気ありませんね?」

「えっ……分かる?」

「もちろん。表情にすぐ出ますから」

律の声はやわらかくて、
そのまま手を引かれるようにリビングへ。

「少し休みましょう。温かい紅茶を用意しますね」

ソファに座ると、律がそっと前髪を整えてくれる。

「……?」

「少し目が赤いんですね。無理しなくていいですよ」

ドキン。

律はまるで心の奥まで見透かしてくる。

そのとき、
リビングの隅で静かに掃除機を止める気配があった。

三男・蒼真が、無言でこちらを見ていた。

「蒼真。今日のあやめさん、気づいてたよね?」

律が問いかけると、蒼真は少し視線を逸らしながら言った。

「……帰ってきたとき、歩き方が、重かった」

「歩き方……?」

「元気な日は、もっと足音が軽い」

その観察の細かさに、あやめは驚いた。

「蒼真……そんなところまで見てたの?」

蒼真は照れくさそうに小さく答える。

「……気づいただけ」

律が優しく笑う。

「蒼真は、言葉にはしないけれど。誰よりも、あやめさんを見ていますよ」

「……律、言わなくていい」

珍しくむくれたようにそっぽを向く蒼真。
その横顔が可愛くて、胸がくすぐったくなる。


紅茶が淹れ終わり、律がソーサーを差し出した。

「どうぞ。疲れが取れるブレンドにしました」

「ありがとう……本当に優しいね、律は」

「優しいんじゃなくて、あやめさんを大切に思っているだけですよ」

さらっと言われて、心臓が跳ねた。

そんな空気を察したのか、蒼真が静かにブランケットを肩にかける。

「……寒いと、余計に疲れる」

「え……ありがとう」

蒼真の指先がほんの一瞬触れて、あやめの頬が熱くなる。

律が微笑みながら言う。

「気づいてました? 蒼真、あなたが落ち込むと、掃除の回数が普段より多くなるんです」

「律……!」

蒼真が目を丸くし、すぐに視線を落とした。

「……ただ、きれいだと、気分がマシになるかと思って」

その一言に、胸がぎゅっと締めつけられた。

タイプの違う二人の優しさが、
あやめの心をゆっくり溶かしていく。

律の甘い気遣い。
蒼真の静かな優しさ。

(ずるい……二人とも……)

「どっちが、好きですか?」

ふいに律が冗談めかして聞く。

「……両方」

その答えに、律は嬉しそうに微笑み、
蒼真はそっと目をそらした。