翌朝。
あやめは胸の中のざわつきを抱えたまま、リビングへ降りた。

五人はいつものように朝食を準備していたが、
その表情にはどこか緊張の影があった。

長男・海斗が声をかける。

「朝比奈様。……少し、お時間をいただけますか」

「え……?」

海斗の指先は、珍しく震えているように見えた。

「お嬢様にお伝えしなければならないことがあります」

四男・律、三男・蒼真、次男・陽太、五男・優真…
五人全員があやめの周囲へ静かに集まる。

(……何? 怖い……)

リビングのテーブルへ案内されると、
海斗が一つの黒いファイルをそっと置いた。

手を触れるだけで分かる。
ただの紙ではない、何か重いものの気配。

「それ……お母さんの……?」

あやめは息を飲んだ。

海斗は頷き、ゆっくり説明し始めた。

「はい。これはお母様が数年前に極秘で進めていた研究の一部です。
……正確には、外部に漏れると企業が揺らぐほどの価値を持つ資料です」

「揺らぐ……?」

律が補足する。

「世界規模で注目されている新開発のエネルギー技術。
もし完成すれば、どの国も喉から手が出るほど欲しがるものです」

あやめの心臓が嫌な鼓動を始めた。

「そんな凄いもの……私の家にあるの?」

優真が小さく頷いた。

「うん。……あやめちゃんのPCの中に」

「えっ!?」

蒼真が簡潔に説明する。

「お母様が、あやめの誕生日に送ったデジタルフォトフレーム。
……あれに特殊データが隠されている」

(フォトフレーム……!?
あれ、母が『特別なものよ』って言って渡してくれた……)

陽太がテーブルを叩く。

「だから狙われてるんだよ! あやめが何も知らねぇうちに……!」

海斗が陽太を制し、静かに続けた。

「資料を狙う者は、一度データを盗もうとして失敗した過去があります。
その時……あなたのお母様がそれを阻止しました」

「……だから、今度は私が狙われてるの?」

海斗は深く息を吸い、あやめの目をまっすぐ見た。

「あなたを狙う理由は二つ。
ひとつは、データへの鍵を持っている可能性。
そしてもうひとつは……」

ほんの一瞬だけ、海斗の声が揺れた。

「あなたは、お母様にとって弱点だからです」

部屋中の空気が止まった。

心臓がぎゅっと締めつけられる。

「弱点……って……どういう……」

律が静かに言う。

「あなたに危害が加われば、お母様は必ず動く。
……敵はそれを利用しようとしているのかもしれません」

怖い。
でも、涙は出なかった。

ただひとつだけ、素朴な疑問が口をついて出る。

「じゃあ……どうして、そんな大事なものを
私のところに置いたの……?」

五男・優真がそっと答えた。

「あやめちゃんだけが、お母さんが絶対に裏切らない存在だからだよ」

胸の奥にずしんと落ちる。

母にとって私は
守るべきたった一人の大切な娘。

でも、そのせいで今、危険が迫っている。

あやめはゆっくり顔を上げた。

「……私、怖いけど……知ってよかった」

その言葉に全員の表情が変わり、
海斗が静かに頭を下げる。

「私たちは命に代えても守ります。どうかご安心を」