翌朝。
家の中はいつも通り……のはずだった。

しかし、あやめは玄関を出る前にふと気づく。

(あれ……靴箱の位置、昨日と違う?)

気のせいだと思いながら学校へ向かったが、
胸の奥のざわつきは消えなかった。



放課後。
家に帰るとリビングの空気が妙に重かった。

「ただいま……?」

五人の兄弟が全員、同じタイミングで顔を上げる。

長男・海斗だけは表情を絶やさず微笑んだ。

「おかえりなさいませ、お嬢様。……問題ありません。少し確認していたことがありまして」

けれど
その目の奥に、昨夜とは違う鋭さがあった。

(海斗……何か隠してる?)



夕飯の準備をする陽太の腕に、細いすり傷があるのに気づく。

「あれ? 陽太、その腕……」

「ん? ああ、ちょっとな。大したことねぇよ」

「料理で切ったの……じゃないよね?」

陽太はほんの一瞬だけ視線を逸らした。

「……気にすんな」

気にしない方が無理だった。

その横で、無口な三男・蒼真はリビングの窓を見つめていた。
カーテンの隙間を指先でそっと動かし、外の様子を確かめている。

「蒼真……?」

「……人の気配。昼間に、庭の方に残ってた」

「ひ、人の気配……?」

「知らない靴跡もある」

あやめの背筋がぞくりとした。

律が近づき、あやめの肩を軽く押してソファへ座らせる。

「大丈夫ですよ。僕たちが見ています。
……ただ、外部の痕跡があったのは事実です」

優真もあやめの隣に座り、手を握ってくれた。

「怖いなら、言ってね?」

でも、あやめは首を横に振る。

「……怖くない。みんながいるから」

小さく言うと五人の目がほんの少し緩んだ。

しかし海斗だけはあやめの前に膝をつき、真剣な声で告げる。

「朝比奈様。
今日を境に、この家の警備レベルを段階的に引き上げます」

「え……そんなに危ないの?」

「断定はできません。ですが念には念を…です」

海斗の声は落ち着いているのに、どこか緊迫感を帯びていた。


その日の夜。
あやめは眠れず、廊下へ水を飲みに出た。

すると、奥の部屋から微かな声が漏れている。

「……侵入の可能性は高い。
誰かがお嬢様の居場所を探っている」

海斗の声。
低く抑えた緊張が響く。

律も答えていた。

「やっぱり……あやめさんが持っている母の資料が目的かもしれませんね」

(……母の資料?)

足がすくむ。

優真が不安げに言った。

「どうしよう……あやめちゃん、狙われてるの……?」

蒼真がきっぱり言う。

「守る。……絶対に」

あやめはその場から動けなかった。

自分が聞くべきではない
でも、聞こえてしまった。

(……私、知らないところで何が起きてるの……?)

胸の奥が強く締め付けられた。

その夜、
あやめは初めて、五人の執事ではない顔を感じた。

守るために動く、雪城家の本当の姿が始めて見えた気がした。