私の中のもう1人の私が好きな人



「稲見くんって良い人だね」

 後片付けまで終えて帰路についた頃、辺りは夕日に染まっていた。
 学校から自宅までは20分と少し、毎日蓮と一緒に徒歩で通学している。

「どこが? 調子が良いだけだよ」

「でも優しいよ」

「ボクにはそんな事ないけど」

「そうかな」

「そうだよ。多分女好きなんじゃない?」

「そんな事……」

 ふと稲見が帰った時の言動が頭を過ぎる。

「あるのかな……?」

「ある。だから琴ちゃんは危険だから稲見とは仲良くしたらダメだよ」

 かなり食い気味に言われ苦笑する。

「大袈裟だよ。それに席も隣だし、折角同好会の仲間になったのに……。蓮くんだって反対しなかったじゃない」

「それは……反対したら琴ちゃんががっかりするから言えなかっただけだよ」

 蓮は気不味そうな顔をすると項垂れてしまう。普段クールだが、たまに拗ねた犬のように見える所が可愛い。

「兎に角、油断は禁物だから」

「う、うん。気をつけるね」

 かと思えば説教を食らった。
 いつになく真剣な蓮からの圧にたじろいでしまう。
 そうこうしている内に2人は家に到着をする。

「じゃあ、またね!」

「うん、また……」

 家は隣同士で日曜日以外はほぼ毎日顔を合わせているのに、昔から蓮は別れの挨拶をする度にどこか不安気で寂しそうな顔をする。その顔を見る度に、琴音まで胸の奥が切なさでいっぱいになってしまう。その意味は何なのか……。
 他の事は何だって訊く事が出来るのに、いつも訊く事が出来ない。



「ただいま〜」

「あら、お帰りなさい」

「はい、お土産」

 余ったぼたもちをタッパーに詰めて持って帰って来た。それを母に手渡すと嬉しそうに笑った。

「今日も上手に出来てるわね、ありがとう。でもこんなに食べたらお母さん太っちゃうわ〜」

「じゃあ、あげない」

「もう、食べないとは言ってないでしょう?」

 毎回同じ台詞を言いながら確り食べる母が面白くて笑えてしまう。

「夕食は少な目にしてあるから、夕食後にお父さんと一緒に食べるわ」

 毎週土曜日には必ずお土産を持ち帰ってくるので、当たり前のように夕食は少な目だ。
 明るい母と優しい父がいて何不自由のない穏やかな生活に不満はなく十分満足している。
 学校生活も楽しいし、幼馴染の蓮も仲のいい友達もいてくれて恵まれた環境だと理解している。

 なのに何故だろうーー昔からこの虚無感は拭えない。それだけじゃない。色んな感情が溢れ出し時々泣きたくなる。
 虚しさ、憤り、悲しみ、寂しさ、辛さ、孤独……。
 私の中の文子が感じているのだろうか。