私の中のもう1人の私が好きな人



「2人とも、こんにちは」

 琴音の自宅を訪ねると彼女が出迎えてくれた。両親は仕事で不在らしく、そのまま家の中へと促され琴音の部屋に通された。
 昔はよく行き来したが、中学生になった辺りから互いの部屋に立ち入る事はなくなったのでかなり久々だ。

「適当に座って」

 小さな丸テーブルの前に蓮と勇希が座ると、彼女は麦茶を注いだグラスを置きベッドの側面に座った。

「嬉しいな。丁度勇希くんに会いたいって思っていたんだ」

 気にした事などなかったが、(がわ)は所詮器でしかないと実感した。肉体は琴音だが中身が変わるとまるで別人のようだ。
 あんなに好きだった筈の琴音の笑顔に、文子が笑みを浮かべる度に不快感が蓄積していく。

「えっと、文ちゃん?」

 勇希が少し戸惑った様子で名前を呼ぶと、彼女はその笑みを深めた。

「そうだよ」

「僕も文ちゃんに会いたかったよ」

「本当?」

「うん」

 蓮の存在を無視して2人はまるで久々に再会した恋人同士のように挨拶を交わす。中身は文子だが苛っとした。

「稲見」

「あ……」

 その後も和やかに会話を続ける様子に痺れを切らした蓮は咳払いして本来の目的を思い出させると、勇希は瞬間黙る。
 彼にとっては念願の人物に会えて気持ちが高揚したのだろうが、勇希の気持ちなど今はどうでもいい。

「それで、あの文ちゃん、琴ちゃんの事なんだけど……」

「琴音は今眠ってるよ。昨日蓮くんにも伝えた筈だけど」

「確かに聞いた。でもじゃあ琴ちゃんはいつ目を覚ますんだよ」

 目を丸くして小首を傾げる文子に怒鳴りそうになる感情をどうにか抑え込む。

「知らない」

「知らないって……」

「だって知らないものは知らないんだもの」

 口を尖らせ少し拗ねた様子でそっぽを向く。
 昨日文子から『貴方に出来る事はなにもないよ』と言われたが、合点がいった。それはそうだ。文子が分からないのなら他の人間が分かる筈がない。
 
「それだと困るだろう」

「私は全然困らないけど」

「っーー」

 蓮は拳を握り締め睨み付ける。
 暫し不穏な空気が流れると勇希が止めに入った。

「まあまあ、2人とも落ち着いて。あのさ、文ちゃん」

「なに?」

「琴ちゃんは文ちゃんの生まれ変わりって事でOK?」

「う〜ん。生まれ変わりではあるけど、どちらかと言うと魂が同じって事かな」

 勇希からの問いに文子は少し頭を悩ませる様子を見せながらも口を開いた。
 人間の魂は輪廻転生するーー死んだ人間の魂は転生し新たな人の子としてこの世に生を受ける。それを永遠に繰り返し続けていき、その過程でたまに魂が異常をきたす。謂わば事故のようなものだ。
 普通は一つの人生を終えた魂の記憶は消去され本来は受け継がれる事はないが、たまに前の魂の想いが強過ぎるとその欠片が残っている事があるらしい。それが今の琴音と文子の状態だ。
 
「魂が同じだからって前世と同じような人間になる訳ではないけど、琴音は魂に残された私の記憶を夢で見ていたせいか共通点が多かったし、引っ張られちゃったのかも」

「引っ張られる?」

「感化されたって言えば分かり易いかな。1つの魂に入れる人格は1つだけだから、強い方に押し負けちゃうって事」

「じゃあ、琴ちゃんはどうなるんだよ」

「う〜ん……目を覚まさなかったら消えちゃうかも?」

「っ‼︎」

「っ⁉︎」

 文子の言葉に蓮のみならず勇希も驚き息を飲む様子が伝わってきた。

「どうしたらいいんだよっ⁉︎」

 感情の起伏はあまりない方だが、取り乱して思わず叫ぶ。文子は驚いたのか一瞬身体を震わせた。

「中里くん、落ち着いて!」

「これがどうやって落ち着くんだ⁉︎ このままだと琴ちゃんが消えるかも知れないんだぞ⁉︎ それとも琴ちゃんが消えてもいいって思ってるのか⁉︎」

 八つ当たりだと理解しているが感情が昂りどうにも出来ない。勇希に怒鳴る。

「……思ってる訳ないじゃん。だからこそもっと冷静になって考えようよ。そんな状態で良い考えが思い付くとは思えない」

 真っ直ぐな焦茶色の瞳と目が合い蓮は口を閉じた。普段チャラチャラとふざけている癖に、たまに大人びた表情を見せる。

「正直、僕も動揺しているし混乱している。少し頭を冷やそう。文ちゃんも今の状況について改めて考えてみてくれるかな」

「あ、うん、分かった……」

 文子は素直に頷く。
 不本意だが今回は勇希が正しいと従う事にして解散した。