私の中のもう1人の私が好きな人




 灯籠流しの日から1週間程経った8月10日の朝、今日は朝から雨で気温も24度と涼しく最高気温も26度くらいの予報だ。ただ雨のせいで蒸す。ここの所、雨や曇りの日が続き気分まで晴れない気がする。

「蓮くん、一緒に宿題やろう」

 午前中、自宅のチャイムが鳴り出てみるとそこには琴音が立っていた。
 スマホを持つようになってからは何かあれば先ずはライルンで連絡が来ていたのが、最近は何故か直接訪ねて来る。まあ家は隣同士なので正直どちらでも大差はない。だが違和感を覚えた。

「蓮くん、ここ間違ってるよ」

「どこ?」

「この下の問題」

「本当だね、ありがとう……」

 礼を言うと琴音は目を細め笑った。
 あの日以降、琴音の様子がどこかおかしいように思う。見た目は特に変わらないが、急に大人びたように見える。笑い方や言動が彼女ではない気がしてしまう。
 
 暫く蓮の部屋で向かい合い宿題をしていると、スマホの通知音が鳴った。視線を向ければ稲見の文字が見え、内心ため息をつきながら開いた。
 正直稲見と連絡先の交換はしたくなかったが、琴音の事もあるので嫌々ながらも交換をした。ただ普段特別な用事がなれば連絡など取りたくはない。それは向こうも同じだろう。

「誰から?」

「……稲見」

「本当? それなら勇希くんも呼んで3人で宿題やろうよ!」

「それはいいけど。それより琴ちゃん、最近全然スマホ弄らないね」

 違和感があっても気が引けて本人に聞けずにいたが、稲見からのライルンの内容を見て気が変わった。

「稲見からのライルン無視してるって本当?」

「えっと、無視している訳じゃなくて……上手く出来なくて」

「なにが?」

「スマホが」

「……」
 
 ちょっとした仕草が気になっていた。
 ペンの持ち方や座り方、食べ方や歩き方。一見すると分からないが、物心ついた頃からずっと一緒に過ごしてきた蓮には分かる。そして今、スマホの操作が出来ないと言われた。
 確かに琴音は機械は苦手だが、使いこなせなくても現代生まれなので流石にライルンのやり取りくらいは出来る。

「君、琴ちゃんじゃないね」

「なに言ってるの、蓮くん。なんの冗談?」

「冗談なんかじゃない。君、《《文子》》だよね」

 心臓が早鐘のように脈打つのを感じる。
 まさかと思いながらも確認せずにはいられなかった。

「え、あー……バレちゃった?」

 くすりと笑う笑みに全身が粟立つ。琴音はそんな顔で笑わない。

「どういう状況? 琴ちゃんはどうしたんだよ」

「琴音は今眠ってるの」

「眠ってる?」

「そう。灯籠流しの日に倒れたでしょう? それからずっと」

 琴音いや文子はテーブルの上の教科書やノートを片付けて手提げに仕舞うと立ち上がった。
 どうやら帰るらしいが、このまま返す訳にはいかないと引き止めようとするが……。

「蓮くん、貴方に出来る事はなにもないよ。私は確かに文子だけど琴音に違いないもの」

「それはっ」

「じゃあね」

 ヒラヒラと手を振りながら部屋を出て行く彼女を引き止められずにただ呆然と見送るしかなかった。
 扉が閉まる音と共に、これまで雑音として聞こえていた窓の外の雨音が鮮明に耳に届いた。