私の中のもう1人の私が好きな人


 令和7年8月2日ーー

 今日は朝からあいにくの雨。天気予報では夕方には止むらしいが、台風も近付いてるので当てにはならない。
 夕方から池辺里駅の側を流れる伝川(でんがわ)で灯籠流しが行われる。同時開催される宮代祭りは昼間から行われるので、早めに家を出る予定だが心配だ。

 昼過ぎに学校の前で勇希と待ち合わせをしている。蓮と一緒に向かうと既に正門前に勇希の姿があった。

「よく似合ってて、可愛いね」

 白地に無数の赤い椿の大輪が描かれ紅い帯を締めた浴衣は華やかでお気に入りだ。今日はお祭りなので母に着せて貰った。

「ありがとう。勇希くんもよく似合ってるよ」

 鴉のように真っ黒な艶やかな髪が風に揺れ、掠れた縞模様の藍色の浴衣を着た勇希を見てた瞬間、勇と重なって見え息を呑んだ。
  
「中里くんも浴衣が似合うね」

「そういうのいらないから」

「本当つれないな」

 折角、褒めてくれた勇希に対して蓮は鬱陶しそうな顔をする。
 だが格子柄の黒い浴衣は勇希の言うように蓮によく似合っていた。琴音は横で顔を歪ませる蓮を見てくすりと笑った。



「すごい人だねー」

「毎年、50万人以上の人が来るから」

 2日間行われる宮代祭りには地元のみならず方々から人が集まってくる大規模なお祭りだ。
 勇希と合流した後、3人はお祭り会場までやってきた。取り敢えず雨は降っていないが、今にも降り出しそうな空だ。だがその割には気温35度と暑過ぎて、人の熱気もあり更に暑く感じた。

 沢山の人々で賑わう二頭山神社付近や駅前。車道は通行止めにされ歩行者で溢れかえっている。何処からともなくお囃子の音が聞こえてきた。
 人混みの中を前から横からと押されながら進んで行く。浴衣を着て足には下駄を履いている事も手伝い歩き辛い。屋台や神輿がチラチラと視界に入るが、人の波がすごく足を止める事も出来ないので通り過ぎるしか出来ない。そんな風に残念に思っていると人とぶつかり蹌踉けてしまった。その瞬間、肩を引き寄せられた。

「大丈夫?」

「う、うん、ありがとう」

 蓮が支えてくれたお陰で転ばずに済み安堵する。
 お礼を言い身体を離そうとするが、蓮は琴音の右手を取るとそのまま歩き出し少し先に進んでいた勇希に追いつく。

「琴ちゃん、大丈夫?」

「え……」

 勇希は人混みを掻き分け逆側にくると、琴音の左手を握った。驚いて顔を見ると彼は優しく笑う。

「初めからこうしてれば良かったね」

 何か言いたげに蓮が勇希を睨み付けるが、何も言わなかった。
 幼子みたいに三人で手を繋いで歩くのは少し恥ずかしいが、どこか懐かしい。このまま時が止まればいいのにと私の中の文子が言っている気がした。


 どんよりとした灰色の空は夜になり黒く染まった。
 屋台で焼きそばやたこ焼き、綿菓子にリンゴ飴と定番の物を次々に食べて制覇した後、伝川へとやって来た。

「灯籠流しって何のためにするんだろう」

 手摺りに手をつき勇希がそう言うと蓮が大きなため息を吐いたので琴音は苦笑した。

「死者の魂を弔うためなんだよ。池辺里でも沢山亡くなったから……」

 勿論戦争の事だけではないが、琴音が想いを馳せるのはやはり文子の生きた時代だ。これまで何度となく夢を見て来たが、全てを知っている訳じゃない。だが断片的な記憶が確かに琴音の中にはある。
 
 水の上にふわりと落とされた火が灯された灯籠たちが風に水に押されてゆらゆらと流されていく。薄暗い水の上を照らす様子は神秘的で魅入る程美しいが、儚く寂し気にも見えた。