朝、登校の身支度を整えて家を出た。
数日振りのせいか身体が大分鈍っている気がした。
「琴ちゃん、おはよう」
「蓮くん、おはよう! もう体調は大丈夫なの?」
琴音と顔を合わせるのは四日振りで、高々数日だが酷く懐かしく感じる。
「お見舞いありがとう。プリン美味しかった」
「プリンなら熱があっても食べれるかなって思ったんだ」
一応ライルンでもお礼は伝えたが、やはり面と向かって伝えたい。しつこいと思われないか不安に思うが、琴音は笑ってくれた。彼女の優しさに胸の奥が温かくなる。
2人はいつも通りたわいのない会話をしながら学校へ向かった。
「期末テストに間に合って良かった。ノート後で貸すね」
「ありがとう。それより琴ちゃん」
「なに?」
「稲見になにかされたりしてないよね」
「えっ……」
念の為の確認だったが、琴音の目は分かり易く泳ぐ。
「まさかなにかされたの⁉︎」
思わず声を荒げると琴音は首を横に大きく振る。
「な、なにもされてないから!」
どう見ても怪しい反応に眉根を寄せ、更に詰め寄ろうと口を開いた瞬間背中に軽い衝撃を感じ振り返る。
「おはよう! 中里くん、元気になったみたいだね」
すると今1番顔を見たくない勇希が立っていた。
放課後。
「昨日話したお店だけどーー」
「うん、いいねーー」
当然のように琴音の隣を歩く勇希に苛立ちを覚えるが、彼女もまたそれを普通に受け入れている。その様子に寧ろ邪魔者は自分なのではないかと思えてしまう。
「これから私達図書室で勉強して帰るんだけど、蓮くんもどうかな?」
「ああ、うん……」
たった数日で一体何が起きたのか分からない。
蓮は正面に座っている2人を盗み見た。実に楽し気で距離も近く側から見たらカップルに見えなくもない。
ついこの前までは勇希の場所にいたのは自分だった筈だ……。訳が分からない。
テスト前でしかも数日休んだ事もありいつも以上に勉強に励まなくてはならないが、結局2人が気になり全く集中する事が出来なかった。
蓮達は帰路につくが分かれ道まで琴音と勇希は寄り添うように歩いていた。
苛々する、胸が痛い、苦しい。
「随分と稲見と仲良くなったんだね」
2人きりとなり、気が緩んだ事でそんな言葉が口をついて出た。
琴音は悪くない。勇希が彼女の優しさに付け入ったに違いない。それしか考えられない。そう思うのに、無意識に声色が強くなってしまう。
「蓮くん、実はね、勇希くんってーー」
心の奥でずっと恐れていた事が現実となった。
隣同士で歩いている琴音の声は確かに蓮の耳に届いている。なのに全く頭に入って来ない。ただ分かった事は勇希が例の夢に出てくる勇だったという事だけだ。他にも色々話していたが、雑音にしか聞こえなかった。
「じゃあ、またね」
「うん……」
気付けば自宅前に立っていた。
かろうじて返事をすれば、琴音はいつも通り笑顔で手を振り家の中に消えて行った。
帰宅して直ぐに食欲がないと母に告げて自室に引き篭もる。
机の上に教科書やノートを広げてみるが、やはりやる気は起きずベッドに寝転んだ。
『蓮くん、実はね、勇希くんって勇さんにそっくりなの。勇希くんが転校してきた時、本当にびっくりしちゃった。でもまさか本人だったなんて思わなかったな。勇希くんにね、夢の話をしたの。そうしたら勇希くんも昔から勇さんの夢を見てるんだって! 私が話していない文子や勇さんの事も知ってた』
雑音にしか聞こえなかった先程の言葉が、1人になり少し冷静になれたからか今になって頭の中で再生される。
勇希が琴音と同じように勇の夢を見ているのは最悪な気分ではあるが100歩譲って理解出来る。だが本人と表すのは意味が分からない。
琴音の話では、確かに夢の中では琴音は文子として存在しているみたいだが、それは夢の中の話であり現実ではない。それは勇希に関しても同じだろう。
確かに蓮自身も漠然と琴音は文子の生まれ変わりかも知れないと思ったりもしていたが、やはり現実味はなかった。
そもそもこれまで、琴音は夢としてハッキリと区別していた。だが今はまるで同一人物のように話す琴音に違和感を覚えた。
『勇さんも私と会いたかったって言ってくれて、嬉しかった』
私と口にした琴音の言葉に見た事もない文子という少女の姿が彼女と重なり、全身が粟立つ。
「琴ちゃん……」
先程まで一緒にいた彼女は確かに琴音であるに違いないのに、彼女ではないように思えた。



