崖っぷち女子は屋上で拾ってくれた年下上司とスイーツ革命中

「どうでしたか? もうやったんですか?」

「ちょ……そんなわけないでしょ?!」

「ふふふ。私のセンサー、反応しまくってるんですけど!」

普段はほとんど話しかけてこないどころか、私と大山さんを避けていたはずのミクちゃん。
今日はやたら距離を詰めてくる。

(話せるだけで嬉しいのに、こんなに楽しそうにしてくれるなんて……)
「きゃー! 顔真っ赤ですよ!? 完全に好感触じゃないですか!」

「いやいや、私この前、男友達に振られたばっかなんだけど」

「なんすかそれ!今日ランチ行きましょうよ!」

朝から弾むミクちゃんとの会話。
まさか一緒にランチまで行けるなんて。

少し前の私なら考えられなかった。

「私、全然女として見られないんだよね。ソウルメイトって言われちゃって」

「まさか! 先輩かわいいし、余裕でモテますよ!?

 そもそも夜な夜な手作りパンを差し入れしておいて親友扱いとか……
そんな男、聞いたことないです!」

「そういうの、私けっこうあるんだよねー」
「先輩、面倒見が良いから相手の都合に付き合ってあげちゃうんですよ。

 ちゃんと大事にしてくれる人、絶対いますって!」
(……大事にしてくれる人。私、そういう存在だったことあったっけ)

ミクちゃんの言葉が、胸の奥にすっと刺さる。


結局いつも、相手に合わせて“都合のいい人”になっていたのは、私の方だったかも。
「まあ、大山さんも、ただデザイナー修行させようってだけで、そういう感じじゃないと思うけど」

「そんなことあります? 利益も恋愛目的もなく近づいてくる男、謎なんですけど」

「ハハハ」

「わー、先輩も笑うんだ! かわいい!」
ミクちゃんがにっこり振り返る。
きれいな歯並びに、素直な笑顔。

人から褒められ慣れている子は、人を褒めるのも自然で上手なんだなと感心する。
「ミクちゃんの恋バナも聞きたい!」

「それが……彼氏とレス長くてぇ〜〜」
24歳のミクちゃん。
かわいくて素直で、話しているだけで場が明るくなる。

こうして笑って話すだけなのに、心がほっとほどける。
(私、こんなふうに誰かと心を開いて話すの、いつぶりだろう)

もっと早く声をかけていれば。

もっと、自分が楽しそうに笑えていたら。

そうしたら、こんなに距離が開くこともなかったのかな……。
……でも、今からでも間に合う気がする。――そんな手応えが胸に広がった。

◆ ◆ ◆

 夕暮れ時。
ノートパソコンの前に、大きな手がそっと伸びてくる。
「ほらほら、終わりですよ」
頭のすぐ横を通るワイシャツの腕から、わずかに柔軟剤の香り。

ほぼ毎日、定時になると大山さんが必ず声をかけてくれる。


「今日は行くって決めてた日ですよ」
「本当に待ってください、あと5分!!」

「絶対に約束ですよ!!」

「はい!」
その「約束」が、なんだか胸の奥をくすぐる。

出入り口へ向かう階段で、いつもの後ろ姿が見える。

振り返ると、あんなにクールな人が、当たり前のように手を振ってくれる。
「今日は押上いっちゃいますので」

「夜景と水族館ですね……」

「バレてますね。でも他も行くので」

空が茜色に染まる夕暮れ、肩越しに見える彼の横顔に、思わず視線が釘付けになる。
心が少しざわつき、頬の奥がじんわり温まる。
私達は電車から降りると、グラデーションに染まる街に繰り出した。