崖っぷち女子は屋上で拾ってくれた年下上司とスイーツ革命中

車を返して歩き始めた頃だった。

ずっと欲しかった言葉が、ふいに彼の口から落ちた。
「……おうちまでお送りしていいですか?」
その声に、胸がきゅっと鳴った。
「ありがとうございます!」

「今日から、彼女なので」

初めて、二人で最寄り駅に降り立つ。

商店街を抜け、夜の静けさが深まる住宅街へ入ったところで、私は小さくつぶやいた。
「……もう家、すぐそこなんですけど……」

「……わー。なかなか手、離せないですね」

「また来週末も会う約束したのに、私も離れたくないです」
「明日また俺来てもいい?」

「いいですけど」
苦笑しつつも、大山さんは私の手をぎゅっと握り直す。
指先の圧で、心臓がまた跳ねた。

「……少し、寄り道しませんか」
連れて行かれたのは、大きな木が影を落とす、静かな夜の公園だった。
月明かりに照らされた芝生、遠くで聞こえる虫の声。

大山さんが少し照れたように息を吐く。

「……なんか……本当に、人ってここまで離れ難くなるんですね」
言うが早いか、そのまま私を胸の中へ引き寄せ、そっと背後から抱きしめてくる。

背中に触れる大きな体温に、呼吸が重なる。

「ちょ、ちょっと……苦しい……です」

「ごめん」

腕の力が少しだけ緩む。

けれど声は低く、甘い熱がにじんでいた。

「でも、今日は……もうどうしても抑えられなくて、すみません」

肩にそっと額が触れ、首筋にくすぐるようなキスが落ちる。

一瞬で身体が跳ねた。

「……いやでしたか?」

「全然、そういうわけでは……」

「じゃあ、もう少しだけ……いいですか」

髪が頬を掠め、首元に息が触れる。

触れられるたび、心臓の鼓動が大きくなる。

「ほんとは、もっと前から触りたかったんです。ずっと長いこと我慢してたんですよ」
「……っ」
(韓国カフェでもこんなことあったような気もするけど……)
「いい匂い……」

大山さんの指が頬に触れ、鼻先が耳や首筋を辿る。

大きくて可愛いわんちゃんみたいな大山さん。

触れ方があまりにも優しく、熱く、胸の奥まで震えた。


「可愛い……シマさん、めちゃくちゃ可愛い」
「や、山さん……」

肩に額を預け、さらに深く抱き寄せる。

包み込む──では足りない。

身体の内側へ取り込もうとするような、深い抱擁だった。


ベンチに並んで座ると、彼は静かに語り始めた。

「……気になり始めたのは、倒産発表よりずっと前です」
驚いて向き直ると、大山さんは照れくさそうに目を伏せた。

「俺が本部長になった頃、シマさんとのタッグで急ぎの商品を大量にやったじゃないですか。
 あれから、俺たち結構嫉妬されて嫌厭されてましたよね」
私の手を、大きな手がそっと撫でる。

「俺、あの頃社内の人間関係がこじれてて……だいぶ参ってたんです。
 でもシマさんは、嫌味言われても余裕でかわして、ただ仕事に向かってて。
 一生懸命、相手の意図まで先に考えてて……“この人すごいな”って、本気で思いました」

風に揺れる髪を、彼の指がそっと梳く。

「休憩せずに仕事しながらおにぎり食べてるの見て、胸がぎゅっとして
 ……好きになってました」
「それは同情だったのでは……」
「それだけじゃないです。
 冷遇されながらも、チームの人に優しいお声がけしてる表情とか、
 かっこいいし、綺麗だなって……ドキドキしてましたし」
(そんなとこ、見られていたとは……)
「でも俺、本当に人として嫌われてたので、二人とも孤立してるのに、
 俺がシマさんに近づいたらさらに迷惑がかかるのわかってたので。
 だから全部、気持ちに蓋してました」
どこか苦しそうに笑う。
「普通にクールでしたもんね」
「はい。そもそも、彼氏みたいな人が会社に迎えに来た時も見てたんで」
「いやいやあれは男友達ですよ!」

苦い過去を塗り消すように、顔を見合わせて笑う。