《TwilightNotes ― 夜明けに鳴る音》

 スタジオの空気は、張り詰めていた。
 照明が灯り、スタッフの指示が飛び交う中――
 大和はカメラの前に立ち、真っ直ぐにレンズを見据えている。
 
 その姿を、モニター越しに見つめながら、麻里奈はファイルを胸に抱きしめた。
 呼吸が、知らず浅くなる。
 
 ステージに立つ彼は、やはり別の顔をしている。
 迷いも不安も、すべて飲み込んだような表情で。
 ――どうして、こんなにも目を離せないのだろう。
 
 その瞬間、背後から、ふわりと香水の匂いが流れ込んできた。
 
「その服、とっても似合ってるよ」
 
 耳元で、低く、やわらかく。
 吐息がかかるほど近い距離で囁かれ、麻里奈の肩がわずかに揺れた。
 
 振り返ると、光輝が立っていた。
 穏やかな笑み。けれど、その瞳の奥には、感情の温度がない。
 言葉よりも、その視線のほうが――はっきりと“何か”を主張していた。
 
「……ありがとうございます」
 
 反射的に答えた声は、思った以上に掠れていた。
 
 どうして、今。
 なぜ、このタイミングで。
 
 “似合っている”という言葉が、
 今朝、自分の意思とは無関係に選ばされた服の感触を、
 首元に残る鎖のように思い出させる。
 
 香りが遠ざかっても、
 光輝の存在感だけが、背中に張りついたまま離れなかった。
 
 そして――ふと、視線を前に戻すと。
 
 撮影の合間、大和がこちらを見ていた。
 
 一瞬だけ、視線が重なる。
 言葉はない。けれど、その目は、確かに揺れていた。
 
 心配しているのか。
 それとも、何かに気づいてしまったのか。
 
 見ないでほしい。
 そう願ったのに、目を逸らすことができなかった。
 
 その瞳が、まるで「大丈夫?」と問いかけてくるようで――
 胸の奥が、きゅっと締めつけられる。
 
 気づけば、視界の端がわずかに滲んでいた。
 涙が落ちる前に、麻里奈はぎゅっと唇を噛みしめる。
 
 誰にも、気づかれないように。
 この沈黙だけは、壊さないように。